6.カッパ大王


 三時間目の学活の時間になった。体育祭の準備のための学活で、なんでも、クラスのマスコットを決めるんだそうだ。僕にとっては川波先生(これ

が、カッパ先生の本名で、川波一郎というそうだ。これは麻美の情報。)に初めて会う時間だ。

 授業開始のチャィムが鳴って、緊張して座っている僕の前にカッパ先生は現れた。カッパ先生は、僕が想像していたよりも背が高く二mに近い背

丈で、ひょろっとして手や足はひょろ長く、顔の小さい先生だった。

 その先生が僕の方をまっすぐ見た。

『うっ。なんだこれは。カッパ大王じゃないか。どうしてカッパ大王がここにいるんだ。そんなわけがない。』

 先生の目が一瞬青白く光ったような気がしたが、先生はもう別の方を向いていて、学級委員のおチャメに何か話しかけていた。おチャメというのは

あだなで、本名は茶山肇という。

「茶山くん。今日の学活は何やることになってたんだっけ。」

「体育祭のマスコットを決めることになっています。選考委員会が昨日案を考えていましたから、その報告をしてもらってみんなで話し会いたいと思い

ます。」

「じゃ進めてくれるかい。」

「先生。そんなことより、昨日学校をさぼったやつが来てますよ。」

とゴジラの声。

「そんなのいたか?」

「先生。忘れちゃいけねえや。ほら、廊下側の列の真中に、カッパがいるじゃねえか。先生によく似たカッパが。」

 教室のあちこちから笑い声が響き、僕のほうをジロジロ見ている。

「あ、きみか。小村 翔くんって。」

「そんなごたいそうな名前じゃないんで。カッパと呼べばいいんですよ。カッパと。」

 目の前が真っ暗になって腹が痛くなってきた。いつものゴジラのからかいだ。そのあとみんなでワイワイはやしたてるのがいつもの相場だ。

『なんだ麻美のやつ。うそ言ったな。ちっとも変わってないじゃないか。』

「郷田くん。カッパのどこがおかしいんだよ。カッパに似ているっていうことがそんなにおかしなことか?」

 川波先生の声だ。いや昨日聞いたカッパ大王の声だった。

「いえ、そ、そ、そういうわけじゃないんですが・・・・」

「じゃ、なんだね。」

「カッパなんて、人間に似ているくせに魚しか食べられなくて、智恵のないバカな生き物だと思ったもんですから。翔のやつ勉強はできねえし、走るの

は遅いし、まるで陸にあがったカッパだってみんなで言っていたまでのことで・・・。」

 クラスじゅうが大爆笑。みんな腹を抱えて笑っていた。やっぱりいつものクラスだった。思わず後ろを向いて麻美を捜した。麻美は背筋をピンと伸

ばして、ゴジラの方をきっとにらみつけていたが、ふっと横へ目をやった時、僕とまともに目があってしまった。

『翔ごめんね。このクラスなんにもかわっちゃいないわね。ウソついてごめん。』

 麻美の目はそう言っているようだった。

『いいんだ。麻美のせいじゃない。』

 僕はにこっと微笑んだ。

「じゃ郷田くんはカッパが実際にいると思っているんだ。」

 カッパ先生の声が響いた。

「そういうわけじゃありません。あれは人間が考えだしたお化けの一種で・・」

「お化けは実在しないというわけか。」

「そうです。お化けなんていうのは肝っ玉の小せえやつが考え出したもので、実際にはいやしないし、見たってのもでたらめで・・・」

「見たってのがでたらめだったら、カッパってのはどんな姿をしているかわからないじゃないか。ね、郷田くん。」

「そ、そりゃそうで。」

「だったらそれと小村くんが似ているという事自体が意味がないじゃないか。誰も見たものがいるわけじゃなし、しかも作り話しだっていうんだから。」

「較べようがないですね。」

「そうだろ。だったらなぜカッパと小村くんを較べるんだ。」

「そりゃ、おもしれえし・・・。」

「おもしろい。そんなにおもしろいか。」

「翔のやつ最初はカッパって言われると真っ赤になって怒って暴れてたんだ。でもクラスみんなではやしたててたら、だんだんおとなしくなって、最近じ

ゃ、カッパって言われただけで涙なんか流してうつむくんだ。」

「ほう。涙をながすんだ。」

「そう。川に戻れないカッパは涙を流して人間様に川に帰してくれと頼むそうだけど、それとそっくりってもんだ。オイオイ泣いてそのうち涙まで枯れ

て、頭のお皿も乾いてしまい、そのままお陀仏っていうこと。さんざん人間様を化かした罰っていうわけ。昔よ、クラスのみんなの事いじめてよ、弱い

やつから金まきあげて、大勢子分を引き連れてゲーセンなんかに繰り出していた、昔の翔の面影なんかまったくなくてよ。ほんとにいいきみだよ。」

「郷田くんは、小村くんにいじめられたりお金をまきあげられた事があるんだ。」

「いや、おれはねえ。おれは金まきあげる方だったし・・・・」

「誰の金を?・・・・・」

「翔とかのをよ。翔の集めてきた金の七割をよ、オレのもんにして・・・・あっ、おれ、何しゃべってんだ・・・・・。」

 とたんに今まで笑いころげていたクラスの雰囲気ががらっとかわり、シーンとしてピンと張り詰めた恐ろしい緊張感がただよった。

「郷田。おまえ今、翔の集めてきた金をまきあげてたと言ったよな。」

 おチャメの声だ。

「そ、そ、そんな事いったか?」

「ああ言ったとも。僕ははっきり聞いた。」

「おう、オレも聞いたぞ。」

 これはナオジの声。山本直次っていうゴジラの一番の子分だ。

「そう。僕もはっきり聞いた。」

 次はアキラの声だ。クラスでは、ゴジラと直次につづいて3番目に強いやつ。本名は佐藤彰という。

「う、う、うっ、うそだ。みんなうそだ」

「うそじゃないよ。ぼ、ぼ、ぼくだって聞いていたもん。」

 これはユウヤの声。ユウヤってのはクラス一番のいじめられっ子で、いつもゴジラやナオジやアキラに命令されて、僕の耳もとでカッパヤロと言わ

されているやつ。

「僕は昔、翔くんに毎日脅されて、うちのお父さんのサイフからお金を盗んできていたんだ。一回一万円だよ。たいへんだった。持っていかないと川

に落とされたり、水の中に顔を押さえつけられて死ぬほど苦しい目にあわされたり。その上お父さんに見つかって顔が紫色になるまで殴られてから

は翔くんは、じゃあおやじのサイフが無理なら、スーパーで毎日おれの注文した品物を万引してこいって言った。こわかったさ。毎日が。死んでしま

おうと思ったこともあったよ。でも死ななかったのは、そんな時に郷田くんが声をかけてくれたからさ。自分のお菓子を半分くれたりして優しくしてくれ

たんだ。それで僕たすかったんだ。それからは郷田くんの言うことを聞いて、みんなで翔くんのことをカッパ、カッパと毎日からかってうらみをはらして

きたんだけど。なのに、その翔くんからお金をまきあげていたのが郷田くんだなんて。僕の盗んできた金の七割は郷田くんのものになっていたなん

て・・・・そんなのないや。僕は、僕と同じようなめにあって苦しんでいた翔くんを、カッパカッパといってからかっていたんだ。僕だって誰も相手にしてく

れないのが怖くてやっていたのに。翔くんにも同じおもいをさせていたなんて・・ひどいや。」

 ユウヤは泣いていた。

「郷田。どうなんだ。翔に命令して、ユウヤから金をまきあげさせていたのか。」

 おチャメの声だ。

「そ、そ、それは・・・・・・。」

「はっきりしなさいよ。ゴジラ。いつもの威勢はどこへいったのよ。」

 麻美の声だ。

「あんたが一番のワルだったのね。翔ばっかりめだっていて、みんなは翔がお金をまきあげたっていってた。大人たちは。なんでも百万円以上にな

ってたというし。でもその七割だから。ゴジラ。あんたが七十万円以上持ってったのよね。どうなの。はっきりしなさい。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「翔。どうなの。私は翔がそんなことするなんて信じられなかったの。翔がお金をまきあげた事を認めて、お父さんとユウヤの家にあやまりにいったっ

て聞いた時、頭が真っ白になったわ。だって、翔って、いつも私と二人の時は優しかったもの。みんなにいじめられて泣いていた私をいつだって慰め

てくれたのは翔、あなただった。あなたしかいなかった。あなたは、おれ何もできなくてごめんよ、勇気がないからみんなの前でおまえを助けてやれ

ないんだって、いつも謝っていた。そんな優しい気の弱い翔が、人を脅してお金をまきあげるなんて信じられなかったのよ。きっと誰かに脅されてい

るんだって思った。でも誰にも言えなかった。私も勇気がなかったの。そんなこと言ったらもっとみんなにいじめられそうで・・・・・。でも翔、信じて。私

は絶対あなたじゃないって信じていたのよ。ずっと。」

 目から涙がわき出していた。ふいてもふいてもとまらなかった。泣きながら僕は答えていた。

「あ、ありがとう。僕を信じてくれて。でも僕、本当にユウヤからお金を脅しとっていたんだ。もちろんゴジラに脅されていたこともある。ユウヤからまき

あげた金の七割は渡す約束で。でも僕もおもしろかったんだ。金もってこいって言ったとき、ふるえているユウヤの顔を見るのが。一万円まきあげた

後に、じゃ明日も一万円なって言った時の、脅えて何もいえなくなったユウヤを見るのが。僕の手下たちに押さえつけられて水を飲み、死んだように

なっているユウヤを見るのが。いじめられて何も抵抗できず、ただふるえているだけのユウヤを見ていると、なんだか知らないけど身体の底の方か

ら嬉しさがこみあげてくるんだ。わけがわからないけど、おもしろいんだよ。ほんとに・・・・。でも、ごめんユウヤ。死にたいとまで思っていたなんて。ゴ

メンね。ユウヤ。」

 ウオーッと動物園の猛獣が吠えるような声がしたかと思うと、ゴジラの目から噴水のように涙が吹き出してきた。

 床にペタンと座ったゴジラは、おいおいと泣いていた。身体全体を震わせて、手足をばたばたさせ、時おり自分の頭や身体をゲンコツでなぐりなが

ら泣いていた。

「キーンコーンカーンコーン・・・」

 授業の終わりのチャイムだった。

 

 帰りの会になった時、クラスの雰囲気はがらっと変わっていた。おチャメが前に立って司会をしていても、誰ひとりおしゃべりしているやつがいな

い。みんなしっかり聞いているんだ。いつもならすぐちゃちゃを入れるゴジラも、隅っこの座席で静かに話しを聞いている。おかしな事もあるもんだ。

「では、さっきの時間話し会えなかったので、ここでマスコットのことを決めたいと思います。選考委員会委員長の千秋さんに、選考委員会の案を提

案してもらいたいと思います。」

「はい。昨日の放課後選考委員で話し合って案を考えたんですけど、さっきの学活のあと考えが変わりました。まだ委員の人の了解も得ていないの

ですが、私の案をいわせてもらいたいと思います。」

「どうしたのよ麻美。昨日はスーパーマジックドラゴンの少年剣士、魔縞慎一にしようと言ってたのに。」

 これは久美子の声。おチャメと一緒に学級委員をやっている。

「おっ、おれの大好きなキャラクターじゃんか。最高だな。おい麻美。魔縞慎一のどこが気に入らないんだ。」

 と、ゴジラの声。

「気に入らないわけではないの。私も好きよ。委員のみんなもいいって。」

「だったら問題ないじゃん。」

「そうよ。私も賛成。昨日の選考委員会でも発言したけど、川波先生も言ってたようにアニメのキャラクターだとみんなが燃えるでしょ。」

 と、これは久美子の発言。

「それはそう。そう決めたわ。」

「だったら何も問題ないはずよ。せっかくみんなの気持ちが一つになってるのよ。五組としちゃ珍しいことよ。川波先生が来てからあたしたちなんか

違うのよ。みんな自分の言いたいこと言えて、それでいて人の意見も聞ける。人の気持ちがわかるような気がするのよ。そんなみんなの気持ちをま

とめるのにピッタリじゃない。魔縞慎一は。スーパードラゴンの魔力で心を閉ざしていたエルドラドの国の人達の心を、慎一は真心で開いたのよ。そ

れでみんなの力を一つにして、ドラゴンに打ち勝ったの。今の五組のシンボルにはぴったりだと思わない。」

 久美子の演説にみんなうなずいている。形勢は麻美に完全に不利だ。

「そのとうりよ。久美子。私たちのクラスは変わったわ。いえ、変わりつつあるのよ。でも、それってどうして?。一学期の五組は違ったじゃない。い

え、夏休みの登校日ともちがうわね。」

「ええそう。だからさっきも言ったけど、川波先生がきてからよ。五組が変わりはじめたのは。そう。昨日からだわ。」

「そうよ。久美子。昨日からよね。でもそれって、川波先生のおかげと言えないかしら」

「そうね。川波先生のおかげね。先生の一言で、なんかみんないつもの自分とは違っちゃうのよね。さっきの時間だって、おチャメがゴジラをあんな

に毅然と追及するとは思わなかったわ。」

「でも、僕よりすごいのはユウヤだよ。」

「ほんとだ。泣き虫のユウヤが、あんなにはっきりとゴジラに言うとは思わなかった。」

「僕だってびっくりしてるんだ。弱虫の僕が、郷田くんにあんなにはっきりものを言えるなんて。ここで言うしかないんだ、ここで言わなきゃいけないっ

て思ったんだ。」

「みんな聞いて。」

 麻美の声だ。教卓の後ろにすくっと立って、両手を腰にあててみんなを見回している。両手を腰にあてて発言する時は、麻美が絶対の自信がある

時だ。

「五組が変わりつつあるのは、カッパ先生、いや川波先生のおかげよ。みんなも認めるように。だったら、このクラスのみんなの今の気持ちを表すの

は、魔縞慎一じゃないわ。」

「魔縞慎一だって、みんなの心を開いて、みんなを変えて一つにしてくれたじゃないか。」

「ゴジラ。話しを最後まで聞いて。私が言いたいのはそこよ。魔縞慎一は、エルドラドの国の人達の閉ざされた心を開いて、一つにしたわよね。川波

先生も、同じことをしたんじゃないの?。郷田くん。あなたが、自分がしたことを思わずしゃべってしまったのも、ユウヤがここで話さなければいけない

って勇気を出したのも、おチャメが毅然としてゴジラを追及したのも、みんな川波先生がしたことよ。もっと正しく言えば、川波先生がいるだけで、み

んなの気持ちが違ってくるのよ。そうよ。それに違いないわ。川波先生って、私たちにとっての魔縞慎一だと思わない?。」

 みんな麻美の話しに感心している。

「だから私は提案します。今度の体育祭の五組のマスコットは、川波先生にしたいって。これが私の提案よ。」

「おいおい、僕をマスコットにするのかい。電信柱みたいに背が高くて、手足が骨みたいにやせていて、ひょろ長いだけの男を。みっともないからよせ

よ。」

「いえ、先生をそのままマスコットにするわけじゃないんです。」

「じゃあ、どうするんだ。麻美。」

 これはゴジラの声。

「川波先生は、ある生き物にそっくりです。その生き物をマスコットにしたらどうでしょう。」

「えっ、カッパを。あっ、すみません。」

「いいよ、カッパだって。僕の名前は川波だから、それを音読みすればカッパになるわけだし。」

「それにひょろ長くて、顔だって口がとがっていて鼻が低くて、目がくりっとしていて、まるでカッパにそっくりだよ。」

 アキラのやつが嬉しそうな声を出す。

「でもカッパじゃ、なんか強そうじゃないわよ。カッパっていうとふつうは小さな男の子のイメージでしょ。もう少し強そうなのがいいな。」

 これは久美子の声。

 みんなわいわいと話している。でも川波先生をマスコットにすることに反対のものはいないようだ。ただみんなは、カッパだと弱そうなイメージなんで

それだけにこだわっているんだ。

 ふっと誰かに見られているような気がしたので顔をあげたら、カッパ先生と目があった。

『翔。なんか言ったらどうだ。だまっていないで。君なら、僕の本当の名前を知っているだろ。』

「カッパ。カッパ大王。」

「おう、カッパ大王。いいじゃん。いかすよ。なんか強そうだよ。翔、さいこうのネーミングだな。」

 いきなりナオジの大声。僕のつぶやきを目ざとく、いや耳さとく聞いて、繰り返したんだ。

「カッパ大王。そりゃいい。」

「いいわね。カッパ大王。それでいきましょうよ。」

こうしてマスコットは決まった。


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