泣く子と地頭・・・関連書籍集
書名 頼朝の時代-1180年代内乱史−
著者名 河内祥輔
出版社・出版年 平凡社(選書):1990年刊
内容・目次  ○中世はじまる
  ・頼朝勢力の誕生
  ・平家クーデター
  ・以仁事件の顛末
  ・クーデターの破綻
  ・坂東武士の向背
  ・挙兵を支えたもの
 ○京攻めの条件
  ・諸勢力の分立
  ・頼朝の対朝廷工作
  ・義仲勢力の京攻め
  ・皇位継承問題の軋轢
  ・頼朝・義仲両勢力の対立
  ・法住寺殿合戦
 ○東から西へ
  ・一時的持久戦
  ・1184年初頭の交渉
  ・頼朝勢力の勝利
  ・義経挙兵事件の謀略
 ○守護・地頭・兵糧米問題
  ・対朝廷交渉の開始
  ・守護について
  ・地頭について
  ・兵糧米について
 ○朝廷と幕府
  ・義経事件の責任問題
  ・貴族社会と頼朝
  ・東国に生きる
解説  「古代政治史における天皇制の論理」で、天皇を政治史の主体としてとらえ、皇位継承問題をこの視点から分析することで、古代政治史の叙述のありかたを根本的に転換させた著者による、著者本来の専門分野である中世初期についての論考。
 著者は、日本古代とは都に防壁が作られなかったことに象徴されるように、都における貴族の専制が平和的に安定していた時代ととらえる。したがって木曾義仲による京攻めは、日本歴史上初めての事件であり、これが中世の幕開けであると捉える。
 この本は、この観点から、義仲・頼朝そして北条義時、さらには足利尊氏以下に続く京攻めの時代としての中世の幕開けとなった、いわゆる治承・寿永の乱を、その幕開けである「平家クーデター」「以仁王の挙兵」の事件から叙述をはじめ、頼朝が上洛するところで、内乱の諸事件を資料を参照しながら、諸事件の性格とつながりを叙述し、総体として、この内乱が何であったかを叙述しようとする意欲作。
 事件の経過を追いつつ詳しく記述してあるので、時代の様相と経緯を知るには格好の書。しかしその叙述の切れ味となると、かなり疑問がある。「古代政治史における天皇制の論理」で、古代政治史の主要な問題が皇統の継承であったことを明確に論証し、古代政治史における主要な事件の背後には、皇位継承をめぐる争いがあったことを活写した著者にしては、この本の論述はにぶい。
 例をあげれば、冒頭の以仁王の挙兵。著者は、皇位継承のスペア−として後白河に温存された以仁王が、平氏による後白河幽閉を契機に挙兵したとする。そして院政を開始した高倉に対抗し、自ら即位を宣言したとする。この解釈では「古代政治史の主要事件の背後には皇位継承をめぐる争いがあった」という著者のテーゼがまったく活かされていない。この事件は五味文彦が「平家物語史と説話」で述べたように、貴族社会における主流派としての「鳥羽派」と少数派の後白河派の対立があり、平氏の力をかりて鳥羽派が擁立した二条ー六条の系列から、後白河ー高倉と自らの皇位継承の地盤を形成した後白河派が、高倉ー後白河の対立から分裂し、平氏による後白河幽閉に至った事態をチャンスとみた「鳥羽派」が、その皇位継承候補としての以仁王を担いで挙兵した、という解釈のほうが、時代をリアルに描いていると思う。
 また著者は後白河ー頼朝という繋がりに注目し、王家の侍大将としての源氏の側面に注目するあまり、頼朝を担いで、王朝国家からの自立を図ろうとする関東武士団の動きを見逃している。
 中世はまさしく武士という新興勢力が王朝国家から自立をはかる時代であり、それは王朝国家の側の皇位継承をめぐる争いに乗じて進んでいった。そしてこれはその始まりである、治承・寿永の乱においても貫徹されているのだが、「王朝における皇統の分裂」という観点と「王朝からの自立をはかる武士団」という観点、この2つのポイントの把握の弱い著者の記述は、この意味で、中世幕開けとしてのこの内乱史を、充分に叙述したとはいえないと思う。
値段 2200円

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