3. 五月三十一日


五月三十一日土曜日

 昨日はとても長い一日だったように思う。一日あてどもなくさ迷っていた。おばあちゃんのお墓に行ったあと、なぜ多摩川の河原にいたんだろう。
 そういえば今日は、多摩川自然観察の日だった。二年生全員で朝から河原に行き、多摩川の川底に住む水性生物の種類を調べて水質を調査したり、河原の植物や昆虫の種類を調べるんだ。今年は去年の調査とは違って、川の水をくんできて、薬品を使って、科学的に水質を検査するのだそうだ。
 去年の九月に初めて多摩川に行って川の中に入った。あれはとっても楽しい一日だったし、とってもビックリした一日でもあった。
 何にビックリしたかというと、川の中にとってもたくさんの生き物がいたことだ。すっごく臭いにおいのするこの川には、生き物なんかいないと思っていた。ところが川の流れの中に入ってみると、思ったよりも臭くはない。そして思いがけない光景に出会ったんだ。それは小さな魚の群れ。メダカのような小さな魚の群れ。群れをなす小さな魚の鱗が水面からさす光りを反射して、キラキラと輝いている。魚の群れが向きを替えるたびに、その光りはついたり消えたり、方向をかえて川の中を動いていた。
 とっても幻想的な美しい光景だった。
 まさかこんなに汚い川の中に、このような美しい光景が見られるなんて。考えてもいなかった。
 ふと河原を見回すと、そこそこにいろいろな花が咲いている。花壇に咲く花とは違い、小さな花々だが、赤や白や黄色や紫のさまざまな色をした小さな花たち。一つ一つ懸命に生きているようで、とても美しかった。
 なぜか私は、とっても幸せな静かな気持ちになったんだ。
 でもそれは私だけではなかった。みんなそうだったみたい。教室で普段接する時とは違い、みんなの目はキラキラと輝いており、白い歯がこぼれ、きゃあきゃあとはしゃぐ声も、とても明るかった。
 水質を調べたり、植物を採集したりしながら、みんなでいろいろとおしゃべりした。朝決められた時間に班毎に学校をスタートし、あとは地図、それも道の角々の特徴を記した簡単な地図に従って川まで歩き、川で水質検査や植物の採集をして、決められた時間までに学校に帰ってくればいいという遊び。自然観察ウォークラリーと先生たちは名付けていた。スタートは朝の九時少し前。ゴールインは昼の十二時。多摩川は学校から真っ直ぐ歩いても十分ぐらいの所だから、地図に従ってグルグル遠回りさせられても三十分ぐらいで着いてしまう。だから川で二時間近くものんびりできるんだ。
 土曜日の授業を一日つぶして遊ぶなんて。初めての経験だ。最初に学級委員から先生たちがこんなことをやろうと計画していると聞いた時には、授業が遅れるとか、それって何の勉強になるのとか思っていたけど、やってみるととても楽しかったし、いろんな発見があったんだ。
 川の自然の豊さだけではなく、クラスの人たちの普段とは違ったいきいきとした姿を見られたこと。そしていつもは話さないようなことまでゆっくりおしゃべりしたこと。
 おしゃべりしてみてわかったんだけど、みんな結構同じことを悩んでいたりしたんだ。同じようなことを楽しみにしていたんだ。自分だけかと思っていたことがそうじゃなかった。
 仲間って言葉が、とってもピッタリと心にはまるように一日だった。
 もしかして私が昨日、雨の中の多摩川の河原を歩いていたのは、あの楽しい一日に戻りたかったからかな。
 こう思ったら、今日、学校に行かなかったことをちょっぴり後悔した。
 今日はみんな多摩川で、どんな一時をおくったのだろう。


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