26.戦い終わって
それから一週間ほどあとの水曜日。僕は放課後に、なんとはなしに図書室に立ち寄った。扉をあけて中に入ると、そこに、みんながいたんだ。
「あっ、翔。こっちへおいでよ。」
久美子が、僕を呼んだ。
「みんな、何やってんだ?。」
「今ね、翔のうわさ話をしていたのよ。」
「えーっ、どんな?。」
「この間の生徒総会の翔って、たいしたもんだって話していたのよ。」
「それほどでもないけど・・・・・・」
「おい、謙遜することないだろ。おまえのおかげで、助かったよ。クマジイが出てきた時にゃ、どうなることかと思ったもの。」
「ほんとだな。おチャメなんか、議長席でおろおろしていたもんな!。」
「そういうゴジラだって、真っ青な顔してたぞ!。青菜に塩じゃなくって、ゴジラに塩だ。へっ、まずそう!。」
「なにいっ、もういっぺん言ってみろ!。」
「おまえこそ!。」
「そう興奮しないの!。ここは図書室よ。小さな声で話しなさいね。ぼうやたち!。」
口から泡をふいてけんかしていたゴジラとおチャメは、麻美にからかわれて、余計真っ赤になって怒っていた。
「でもね、こないだの生徒総会、結局開いたものの、なんにも成果はなかったのよね。あーあ。三年生の意見を統一するために毎日走りまわったの
は、すっごーく無駄だったのかと思うと、ゆううつになっちゃうわ。」
久美子はまた、すぐ悲観的になるんだ。
「そうね。ほとんど無駄だったみたい。」
佳江のやつまで、いつもの元気がない。
「あんな所で大木伸吾が、余計なこと言い出すからいけないのよ。」
久美子が、目を釣り上げて怒っている。
「そうそう、ほとんど決まりかけていたもんな!。」
「そうよ。悪いのはあいつよ。しんご!。」
佳江は、さも悔しそうに口を歪めていた。
「結局、振り出しにもどっちゃったものね。いったい、去年の十二月からのわたしたちの努力は、なんだったの?。ね、麻美?。」
「うん、そうね。久美子。でも、全くの無駄ってわけではないと思うわ。」
「どうして?。」
「どうしてって・・・・。結局は、クマジイやタヌキの思うようにならなかったわけだしさ、それに・・・・・」
「でも、結局生徒心得の改正は、できなかったのよ。無駄だったのよ。」
佳江が、人一倍大きな声で叫んだ。
「しっ。大きな声はだ・さ・な・い・の!。じゃ、あそこで翔の出した提案って、全くの無意味だと、佳江は言いたいの?。」
「そうじゃないけど・・・?。」
「もしあそこで、翔がタヌキに提案をさせて、自分が反対の提案をしなかったら、どうなっていたと思う?。」
こういう時は、麻美はいつも冷静だ。
「まったくだ。」
ゴジラが、話しにわって入った。
「もし、翔が提案してくれなかったら、生徒心得の改正の手掛りさえ失ったんだぜ。」
「えっ、どうして?。」
「にぶいなあ。佳江は。」
「悪かったわね。」
「ねえ、ゴジラ、はっきり説明しなさいよ。よくわかんないじゃないの。」
久美子は、ゴジラの背中をどついた。
「いてっ・・・・・。じゃあ、よく聞けよ。タヌキの提案は、全ての改正案をなしにして、生徒の手による生徒会規約や生徒心得の改正を、すべて阻止す
る所にねらいがあったんだよ。そうだろ?。」
「あっ、そうかあ。あたし、気がつかなかったわ。」
「それに対して翔の提案は、心得の改正案はそのままにして審議のやりなおしってしたんだし、一番大事なのは、生徒心得を、毎年生徒総会で見直
すという改正案を通す、というとこに目的があったんだよ。」
「えっ、そうなの?。翔。」
「うん、そうさ。とっさに、考えたんだけどね。」
「だから、生徒心得の改正はできなかったけど、今年中に決着をつけるために、話しあいは続けられるわけだし、また来年も、見直しができるのさ。
生徒心得を生徒が決めるっていう、一番大事な提案は承認されたんだよ。」
「そうかあ。わたし、気がつかなかったなあ。全然、わからなかったわ。」
「じゃ、久美子は、どうしてタヌキの提案に反対して、翔の提案に賛成したの?。」
ゴジラが、不思議そうな顔で聞いた。
「ばかだな。それくらいわかるだろ。教師の思いどおりには、させないってだけだったんだろ?。」
「ええ、そうよ。」
「久美子の、考えそうなことだよ。単純なんだからな!。」
「何いってんのよ。おチャメだって。どう進めていいか、とほうにくれていたくせに。」
「提案の意味がわからずに手をあげるほど、ばかじゃないぜ。」
「なにーいっ。もういっぺん言ってみろ!。」
「まあまあ、お二人さん。仲がいいのは、それくらいにしてさ。」
僕は、思わずにやにやしながら、二人の間に、わって入ってしまった。
「翔。何言ってんのよ。仲なんか、よくないわ。わたし、おチャメ好きじゃないもん!」
久美子はつんとすまして、向こうを向いてしまった。
「それにしても翔。たいしたもんだよ。あんなに短い間に、よく、あんな最高の提案をしたよな!。」
「そうそう。それに、クマジイとのやりとりかっこよかったわよ!。」
めずらしく佳江にほめられた。
「そうね。先生には、生徒を指導する権利はないってのは、最高のいいぐさね!。」
「生徒には指導を受ける権利はあるが、指導を受ける義務はないってのも、新鮮な発想だったわ。翔。どこで、あんなすごい言葉を知ったの。わたし
感心しちゃった。」
めずらしく、麻美にもほめられた。
「どこでって・・・ちょっとね。僕だって、勉強ぐらいするんだぜ!。」
胸をはって、ちょっとかっこいいとこをみせつけようとしたその時、
「あーら、みんないたの?。」
ハツカネズミが、図書室にやってきた。
『あっ、まずいぞ。』
「あっ、翔くん。この間の生徒総会。あの本、やくにたったみたいね!。」
「あの本って?。」
「あら、みんな、知らなかったの?。」
『ま、ま、まずい。』
「生徒総会の前に、翔くんが図書室にきてね、ちょうどいたわたしにさ、生徒の義務と責任と権利について説明した本かなんかないかって聞くのよ。」
「へーえっ。」
みんなが一斉に、僕のほうをふりかえった。
「それでね、本を捜してあげたの。『子どもによる子どものための子どもの権利条約』って本をね。あっ、ほらほら、ここにあるわ。」
ハツカネズミは大声をあげて、棚にすっとんで行き、本を一冊持ってきた。
「これよ。これ。」
みんなハツカネズミのとこに集まって、本を手にとって見ている。
「へえっ、これ中学二年生の十四才の女の子二人が、英語の原文から訳したんだって。すごいな!。」
久美子と佳江は、すっかり本に感心している。ゴジラとおチャメもだ。僕が、えばれる状態ではなくなってしまった。
「そうか。なんだ。ハツカネズミに、教えてもらったんだ。翔が、勉強なんかするわけないもんね!。自分で調べたのかと思って、ほめて損しちゃっ
た。」
麻美は、勝ちほこったように、僕のほうを振り返って言った。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「そうでもないよ。」
後ろで声がした。
「あっ、コアラ先生。すみません。図書室で大声だしたりして。」
おチャメはさっそく、コアラにペコペコ頭を下げている。
「それほどでもないさ。他に、誰もいないんだからね。」
「ところで、先生。今、わたしがほめて損しちゃったと言ったら、そうでもないよって言ったけど、あれ、どういうことですか。」
麻美はしつこい。
「うん。それはね。わざわさ図書室にきて、生徒の義務と責任と権利の本がないかって調べにきただけ、えらいってことさ。」
「本を調べただけで?。それに、自分で捜したわけでもないのに?。」
麻美は、疑わしそうな顔をしている。
「そうさ。第一、君たちの中に、生徒の義務と責任と権利について調べてみようと思った人、いるかい?。いないだろ?。」
「そういえば、ただ、三年生の意見をまとめることしか、考えていませんでした。」
おチャメが、頭をかきながら言った。
「ちゃんと、自分たちの義務と責任と権利を調べていたからこそ、熊田先生や久保田先生を、黙らせることができたんだ。中嶋先生に助けてもらった
ことは、問題ないよ。だって、適切な援助を受ける権利が、君たちにはあるのだから。」
みんなビックリして、目を丸くしていた。
「翔。たいしたもんだよ。」
「たいしたもんだわ。見直したわ。翔。」
「翔もたまには、すごいことするのね。勉強嫌いの翔が、本を読んでみようと思っただけでも、えらい進歩ね。」
麻美のやつは、ほめたんだかけなしたんだか・・・いつもこれだ。
「たまにはってのは、よけいだよ。僕だって、自分から勉強する時ぐらいあるさ。」
「あら。じゃ、いつもって、言えばいいの?。教科書すら、あけないくせに!。」
「なにを!。」
「まあまあ、興奮しないで。けんかをするのは、仲が良い証拠っていうけど、ほんとね。翔と麻美ったら、すぐこうなんだから。でも、いいわねえ。おた
がい好きな人がいて。」
ハツカネズミは、心底うらやましそうな顔をして、僕と麻美の顔を見比べていた。
僕の顔に血がのぼり、耳まで赤くなっているのが、自分でもはっきりわかった。そっと、隣の麻美を盗み見したら、麻美も、真っ赤だったんだ。それ
も、両手で耳とほほを隠して。なんだか、かわいくなってしまった。