22.さよなら、カッパ大王
終業式が始まった。カバが壇上にあがって、何やら話している。またいつもの、一年の終わりにあたっての反省と、次年度へ向けての心がまえって
いう、決まりきった話だ。
「おい。翔。カッパ大王、見えないな。」
「うん。おかしいよな。遅刻する人じゃ、ないんだけどな。」
「どっか変ね。さっきから、わたしたちのクラスの後ろには、ハツカネズミがいるし。」
「そうだ。へんだ。何んか変だ。」
終業式の間中、そんなことを、ヒソヒソ話していた。
式が終わって教室に入り、カッパ大王が来るのを待った。でも、やってきたのは、ハツカネズミだったんだ。
「あれっ。なんで中嶋先生なの?。カッパ大王は、こないの?。」
さっそく、佳江が大きな声を張り上げて、ハツカネズミに聞いた。
「あらっ。みんな、知らなかったの?。」
「えっ、何を?。」
「川波先生は、昨日でこの学校を、お辞めになったのよ!。」
「ええっ!。学校を辞めたって?。次の学校へ、移ったんじゃないの?。」
みんなギョッとして、今までおしゃべりしていたのをやめ、ハツカネズミが次に何を言い出すのか、注目している。
「川波先生は、一身上の都合とかで、急に田舎にお帰りになったの。なんでも、田舎のお父さんの具合が良くなくて、自分があとをつがないと困るか
らって、急に教師を辞めて、帰られたのよ。」
「そんなのないよ。話したいこともあったのにーい。」
アキラが口をとんがらかせて、ブーブー言った。みんなも口々に、不満を言っている。
「カバは、あっ、いや、校長先生は、引き止めなかったんですか?。あと一日ぐらい、いてくれてもいいじゃないですか?。」
久美子が、クラスみんなの気持ちを代弁して、ハツカネズミに質問した。
「ええ、校長先生も、何度も頼まれたそうなの。せめて、明日の終業式まで、いてもらえないかって。でもね、川波先生。父の命はいつまで持つかわ
からないので、失礼しますって言って、そのまま行かれたのよ。」
「でも、先生。四月六日の離任式には、来てくれますよね。」
ユウヤが、不安そうに目をしょぼつかせながら、ハツカネズミに懇願するように質問した。
「それも、だめらしいわ。誰かが、お父さんのかわりに仕事をしていないと、大変なことになるらしいのよ。一日といえども、手が空かないんですっ
て。」
「へーえ。何の仕事なんだろうなぁ。一日も、暇がないなんて。」
信次郎が、不思議そうにつぶやいた。
「先生もよく知らないんだけど、なんでも、川に関係した仕事らしいの。山奥の、川の水源地帯でのお仕事だそうよ。」
「先生の田舎って、どこなの?。わたし、行ってみたいな!。」
舞が、遠くを見るような目をして、つぶやくように、声を出した。
「そうよ。カッパ大王の田舎って、どこなのかしら。みんなで、行きましょうよ。」
麻美のやつが、勢いこんで立ち上がり、みんなに提案した。
「うん。賛成。春休みになったら、行ってみようぜ。」
ゴジラが、すかさず賛成の声をあげた。教室のあちこちから、賛成!賛成!って声があがり、みんなは、すっかりその気になってしまったようだっ
た。
「でもねえ、はっきりしたことが、わからないのよ。」
ハツカネズミが、困ったような顔をして、みんなを見まわした。
「えっ。先生たち、川波先生の田舎を、知らないんですか?。」
おチャメが、目を丸くして質問した。
「そうなの。第一、川波先生に田舎があることも、お父さんがいて御病気だってことも、川の仕事をしていられることも、先生たち、昨日の夕方まで知
らなかったんだから。」
「だけどさ、川波先生の田舎の住所がわからないんじゃ、三月分の給料を、どうやってわたすのかな?。」
信次郎が、真剣な顔で聞いてきた。
「事務のね、立川さんが、鈴木くんと同じこと心配して、聞いたのよ。」
「それで?。返事はどうだったの?。」
ユウヤが心配そうに、小さな声で質問した。
「あとで、落ち着いたら、連絡するっていうことだったらしいわ。残念ね。ちゃんとしたことを、教えてあげられなくって。」
ハツカネズミは、ほんとうにすまなそうな顔をして黒板の前に立つと、おもむろにカバンの中から、通知表を取り出した。
「もしかしたら、この中に、みんな一人一人にたいする、川波先生のメッセージが、書いてあるかもしれないわね。」
ハツカネズミはそう言いながら、みんなに通知表を配りはじめた。
みんな神妙な顔をして受け取り、そのまま教室の後ろや隅っこや廊下まで出ていって、こっそり通知表をのぞいている。
「よし!。やったぞ。体育が5になった。やったぜ!。」
ナオジがガッツポーズをとって、飛び上がっている。
「ぼくもだ。信じられない。苦手の体育が3になってるよ。ほんとかなぁ。」
ユウヤは、不思議そうに首をかしげている。教室のあちこちで、歓声や溜息が交差している中で、僕はそっと麻美に近づいた。
「麻美。なんて書いてあった?。通知表に。なんか、お別れのメッセージあったかい?」
「ううん。何もないわ。いつものように、三年生になってもしっかり!って決まり文句だけだわ。カッパ大王、いったいどうしたのかしら。あたしたちに何
もいわないで、行ってしまうなんて。」
麻美は怒っていた。
ちょうどその時、ハツカネズミが、びっくりするほどの大きな声を張り上げて、飛び上がった。
「そうだわ。忘れていた!。川波先生が、小村くんに渡してくれって、手紙を、わたしに預けていったのよ。どこいっちゃったのかな。あの手紙。」
ぶつぶついいながら、ハツカネズミは、カバンをひっくりかえして捜している。
「あっ。あったわ。これよ、これ。小村くんごめんね。忘れるところだったわよ。」
ハツカネズミが、頭をかきながら渡してくれたのは、便箋二枚に書かれた、簡単な手紙だった。
「翔くん。クラスのみんなにお別れの手紙を書くのがすじなんだろうが、ちょっと恥ずかしいので、君が代わって、この手紙をみんなに読んでほし
い・・・・・。あっ、おい、みんな聞け!。カッパ大王から、クラスのみんなへの手紙だ!。」
騒々しく走り回っていたやつらも、急に静かになって、みんな座った。
「いいかい。読むよ・・・・・。二年五組のみなさんへ。急にお別れすることになって、申し訳ありません。父が危篤で、父の看病と父の仕事を代わらな
ければならないので、今晩、田舎へたちます。父の仕事は、関東地方のある大きな川の水源地帯の山奥で、水を管理する仕事をしています。この
仕事を一日でも欠かすと、川の水が涸れたり逆に大洪水になったりと、とても大切な仕事です。僕以外に代われる者がいないので、教師をやめて田
舎に行くことにしました。もう二十年くらいも、あっちこちの中学校の講師をやってきたのですが、最後になった君たちの学校での生活は、とても楽し
いものでした。僕が急にいなくなって、君たちの中には、不安に思う人もいるかもしれません。」
「そうだよ。カッパ大王。急にいなくなっちゃうんだもの。聞きたかったんだ。みんなが、これからどうなるかって。」
「しっ、ユウヤ。静かに聞けよ。うーん、この後に、ユウヤの聞いてみたかったことの答えが、書いてあるぞ。」
「えっ、ほんと、はやく聞かせて!。」
「うん。続けるぞ。えーっ・・・・・、みんなの中には、僕が、魔法を使ってみんなを変えたんじゃないか、って思っている人もいるようですけど、それは違
います。」
「うそ!。違うの?。」
佳江が叫んだ。
「僕は、魔法など使っていません。みんなは、自分の力で変わったのです。自分の心の中に、きみたちが知らないうちに、別の自分が出来ていて、そ
れが急に何かのきっかけで、出てきただけなんです。そのきっかけに、僕の出現がなったのかもしれません。自分で言うのも変ですが、僕は教師ら
しくない教師ですから、言うことやること変でしょ。」
「そのとうりよ。ちょっとじゃなくって、うーんと変よ。それに、この別れかただって。ほんとに、お父さんが危篤なのかしら?。」
久美子が疑わしそうに、僕の顔をのぞきこんだ。
「おい。僕だって、今日初めて知ったんだぞ。何かわかるわけ、ないだろ!。」
「そうかしら。翔ってカ、ッパ大王にそっくりだし、第一、翔にあてて手紙を書くってのが、あやしいな!。」
みんな口々に、そうだそうだと、わめいている。手紙の続きは、読めそうにない。
「みんな!。最後までちゃんと聞きなさいよ!。」
麻美の一言で、教室はシーンとなった。
「じゃ、続けるよ・・・・・。でも、僕の話したことややったことって、君たちはおかしなこと、間違ったことだと思ったかな?。初めはビックリしたかもしれ
ないけど、すぐみんなは、僕の言った以上のことをやったね。それは、君たちが、僕と同じことをやってみたい言ってみたいって、心の中で思ってい
たからだよ。だから、急に自分が変わったように思えたんだ。心配しなくていい。君たちは、自分の力でちゃんとやれるぞ。いろいろ問題が起こるだ
ろうけど、自分たちを信じて、とことん話しあっていけばいい。きっと、自分でも満足のいく方向に、物事を進めることができると、僕は信じる。・・・・こ
れで、手紙は終わりだ。」
手紙を読み終わっても、教室はシーンとしたままだ。みんな、思い思いのポーズで、どこか違うところを見ている。ハツカネズミまでもが、教卓にほ
おづえついて、口をぽかっとあけて、瞬きもせずに、天井を見上げている。
「キーン、コーン、カーン、コーン・・」
学活の終わりのチャイムが鳴っても、みんな黙って座ったままだった。ややあって、ハツカネズミが立ち上がり、
「じゃ。これで、終わりにしましょう。4月まで元気でね。」
と言って、さっさと帰ってしまった。
みんなも、なんか魂でも抜かれたのか、ボワッとしていて、そのうち一人去り、二人去りと、教室からいなくなっていった。
ふっと気がついたら、教室に残っていたのは、麻美と僕の二人だけになっていたのだった。
「何か、気が抜けちゃったわね。翔。さっきから黙っているけど、どうしたの。」
麻美に声をかけられて、われに返った。カッパ大王の手紙を読んでいるうちに、なぜか涙が出てきて止まらず、手紙が涙でぬれてしまったんだ。そ
したらそのうちに、手紙の色が変わってきて、薄い水色になり、そこに白い文字が、浮かび上がってきたんだ。
「武蔵川水神社の洞窟へ。日賣命。」
と、その文字は読めたんだ。
「麻美。これを、見てごらんよ。どういう意味なんだろう。」
「洞窟に来いっていう、カッパ大王の秘密の伝言なんじゃないの。でも、変ね。この日賣命って何かしら。」
「それはさ、武蔵川の水神さまの名前だと思うよ。たしか、天の御奈梳古の日賣命っていったもの。あの時。」
「あの時って?。」
「ほら、奥武蔵川に、文化祭後にみんなで行った時。僕が、洞窟で会ったんだ。」
「わたしが翔に恋しているって、言ったという人のこと?。」
「そうだよ。」
「ふーん。そう。で、翔はいついくの?。武蔵川水神社の洞窟に。」
「うん。このまま、すぐ行こうかと思っているんだけど。」
「じゃ。わたしも行くわ。わたしも、その日賣命さんに、聞きたいことあるんだもの。」