総合学習としての多摩川自然観察

 

(1)取り組みの骨格の設定

 自分たちの生活に関わる環境は、生き方の問題として学習するには,実際に具体的な物にふれ、体験する事が極めて重要である。しか

し、現在のカリキュラムの中では、各教科の授業として,体験的学習を撮り入れるのは極めて難しい。

 そこで、各教科における環境学習を深める基礎として、文化祭に焦点を合わせた体験的学習を学年単位の特別活動の時間に実施し、こ

れと各教科の学習との連携を図っていくことが構想された。

 学校のすぐ近くには多摩川が流れていて、残された自然を堪能する事も、自然破壊の現状を体験する事も、そこでの経験をもとに、自

然破壊の原因を知り対策を考えることも可能である。

 多摩川で自然を調査する事は、活動の中で生徒たちの感受性を研ぎ澄まし、環境問題に関する問題意識を喚起する事であり、さらに、

これと連携した各教科の活動は、多摩川自然観察で培われた力を元に、科学的にまたは芸術表現などによって、その力をさらに深く自分

自身のものにすることとなる。

 

()多摩川自然観察の概要

〔写真@ 底生生物の調査(丸子橋付近)〕

()取り組みの時間と組織

 自然観察の準備の時間としては、毎週月曜日の1校時の学活の時間を主に使用し、適時、朝の学習の時間(20分間)を計画的に当て

た。

 自然観察は、主として土曜日の午前中の授業を学年対応に組み替え、1年次に1回、2年次に1回実施。さらに2年次には、多摩川全

域を調査する必要が生じ、秋の文化祭近くの日曜日を2回使用した。

 また、自然観察で得た事をさらに深めるためていく場として、10月の文化祭の前10日ほどは授業を午前中5時間授業とし、午後すべ

て文化祭準備に当ててあるので、この時間を補足調査と調査のまとめに使った。

 多摩川自然観察は1年次はクラス単位、2年次は調査とまとめのテーマに沿って、各自の希望でチームを組んだ。

 また自然観察のテーマは、毎回その実施前に知りたい事を各自で考えて、それをまとめたものを実施。そして自然観察のまとめと補足

調査も、生徒のアンケートをもとにしてテーマを設定した。

 さらに2年次には、学年の生徒が集めた多摩川の水を、科学部の生徒たちにより詳しく測定してもらい、生物調査によって得た自然破

壊の現状をより科学的に明らかにして、原因と対策を考える基礎とした。

 

〔多摩川の水質の現状〕

   資料1:底生生物と簡易検査パックによる

調査グループ名 川崎市立西高津中学校2学年
調査の実施場所 御岳渓谷 羽村堰下 関戸橋上 二子橋上 丸子橋上 大師橋下
調査実施年月日 97.10.10 97.10.10 97.10.10 97. 5.31  97. 9.25  97.10.10
天候  晴れ  晴れ  晴れ くもり くもり  晴れ
川の流れの速さ はやい はやい はやい ほとんどない おそい ほとんどない
採取した場所の水深 40p 10p 30p 30p 30p 30p
川底の状態 石が多い 苔がある 石が多い 砂利と 石と泥   泥
川の濁り・臭い 特になし 透明 くさい 濁っている くさい 少し臭い
水質 生物名   出現したものは○  特に多いものは●
T

カワゲラ  ○          
アユミ            
ブユ            
サワガニ  ○          
(ナガレトビゲラ)            
(ヒゲナガカワトビゲラ)            
U

ヒラタドロムシ            
イシマキガイ    ○        
カワニナ            
(ゲンジボタル)            
(オオシマトビゲラ)            
(コガタシマトビゲラ)            
(セタシジミ)            
(ヤマトシジミ)            
V

シマイシビル      ●  ●  ●  ○
タニシ    ○        
ミズムシ    ○    ●    
フジツボ            ●
イソコツブムシ          ●  ○
ニホンドロソコエビ          ○  ○
W

オオユスリカ            
ハナアブ            
イトミミズ      ○    ●  
ゴカイ            ○
サカマキガイ        ●    
アメリカザリガニ      ○      
簡易水質検査 COD   0   0 10 20  5   5
りん酸 0.2 以下 0.2 0.5 1.0 2.0 1.5

 

資料2:科学部による測定(水は2年生が採取した)

  サンプル採取場所 リン酸濃度 アンモニア性窒素 亜硝酸性窒素 COD 採集日時など
源流下湧水 0.4r/l 0.2r/l 0.02r/l 3.5 97.8.22連日晴れ
一之瀬川上流 0.2 0.2 0.01 3.5 97.8.22連日晴れ
丹波川(オイラン淵) 0.3 0.2 0.02 97.8.22連日晴れ
奥多摩湖 0.2 0.2 0.01 97.8.22連日晴れ
奥多摩駅前橋下 0.3 0.04 3.0 97.8.17月末台風
御岳渓谷 0.1以下 0.5 0.03 2.5 97.10.10連日晴れ
羽村堰下 0.3 0.3 0.01 97.10.10連日晴れ
淺川(多摩川支流) 0.8 0.4 0.08 5.0 97.10.19連日晴れ
程久保川(同支流) 0.7 0.6 0.03 5.0 97.10.19連日晴れ
10 関戸橋上流 1.3 0.6 0.08 97.10.10連日晴れ
11 二子下水流入口 2.0 3.7 0.25 10 97.5.31 連日晴れ
12 二子橋上流 1.4 1.2   97.5.31 連日晴れ
13 調布の堰上流 1.5 0.7 0.1 97.10.15連日晴れ
14 調布の堰下流 1.2 1.0 0.18 97.10.15連日晴れ
15 丸子橋下 2.5 3.0以上 0.5以上 20 97.9.25連日雨多し
同 下水流入口 3.6 3.0以上測定限界 0.5以上測定限界 40 97.10.15連日晴れ
16 大師橋下 0.9 2.4 0.33 10 97.10.10連日晴れ

・リン酸(PO4

リン酸値(ppm=r/l0.2       0.20.5      1〜2    2〜5     5〜

  きれいな水  少し汚染がある  汚染がある   汚染が多い  汚れた水

・亜硝酸(NO2

リン酸値(ppm=r/l0.02      0.02〜0.1    0.1〜0.2    0.2〜0.5    0.5〜

          きれいな水  少し汚染がある   汚染がある   汚染が多い   汚れた水

・化学的酸素消費量(COD)

COD(ppm=r/l)  0       0〜2      2〜5    5〜10    10〜

         きれいな水   少し汚染がある  汚染がある   汚染が多い   汚れた水

 

()生徒の意識の変容

 多摩川に何度も足を運び、実際にその現状にふれながら、調査と研究を続けていくと、生徒たちの環境に対する意識はどんどん変化し

ていった。

 @ 初めて多摩川の自然にふれて

  1年次の9月、初めて多摩川自然観察を実施した時の生徒の反応は、次のようであった。

    項    目   男   女   全体
楽しかった

思ったより川がきれい

川はきたない

生物の多さに感動した

ゴミが多い

川をきれいにしたい

48%

15%

16%

30%

29%

 6%

63%

19%

33%

39%

43%

17%

 55%

 16%

 24%

 34%

 35%

 12%

 特筆すべき反応は「生物の多さに感動」という反応と「思ったよりきれい」という反応である。実際に川の中に入ったり生物調査をや

ってみて、「汚い川」=「生き物のいない川」という既成のイメージが揺さぶられ、このことに素直に感動した反応である。中には「小

さな魚の群れが泳ぐ方向を変えるたびに、鱗がキラキラと光り、とてもきれいだった」との感想を述べていた生徒もいる。

 虫が思ったよりたくさんいた。ヒルもいた。小さな魚もいた。川の

中の石の裏にも、たくさんの生き物が生きていて、さまざまな生活

をくりひろげているようだ。川の中の虫の会話が聞けるものなら聞

いてみたいものだ。

 陸にはたくさんの植物があった。ふだんは花などあっても見過ご

してしまっていて、どんな花があるかなんて気がつかない。でも、今

日のように植物を見る気持ちで見てみると、たくさんの植物がそこ

ら中にあることがわかった。

 虫も植物も多摩川にあることはあるのだけれど、水と土と空気が

もっときれいだったら、もっとめずらしい魚が泳いでいただろうし、も

っとめずらしい植物があったと思う。

 これから多摩川が今よりきれいになるといい。

 この感動が、そのまま「多摩川をもっときれいにしたい」と言う考えに直結していることは、上の生徒の感想文でも明らかであろう。

 A 多摩川上流から河口までを調査して

 同じような反応は、2年次の10月、多摩川上流の御岳渓谷から河口近くの大師橋付近までの自然観察を実施したときにも顕著であっ

た。

とても水がきれいで、底がすき通って見えた。水がとて

も冷たく、魚などもたくさんいた。こんなきれいな水

が、どこでどのようになってこっちの方まで流れてくる

のか不思議に思った。

上流の方のきれいな水がそのまま下流まで流れてくれば

いいと思いました。

今日は、遊んだ時間の方が長かったと思うけど、楽しい

一日でした。

 上の感想文のように、初めて多摩川上流の自然を体験した生徒は、自分たちがふだん体験している多摩川中流二子橋付近の汚れた川と

比較して、素直に感動している。

 多摩川河口へ行った生徒は、河口干潟にすむ蟹をおいかけて遊び、そのあと、河口干潟にすむ野鳥の群れを観察した。そして水質調査

をしたり、生物調査や魚釣りをしたあと、下のような感想を述べている。

川崎の河口の近くというから、相当きたないなあと思っ

ていました。でも、きたなくてもう底が見えないほどで

はなかったのでよかったなあと思いました。カニ等、海

にいる生物などもいて、カニなどつかまえておもしろか

ったです。

でもこんどこの調査をするときには、下流でなく、下流

の時と比べてどうかということで、上流にいってみたい

です。

多摩川はほんとうに汚いから、手おくれかもしれない

が、これ以上汚さないようにしたいと思います。

 中流よりもっと汚い河口でも多くの生命が生きていることへの感動が素直に述べられている。

 このような「川に住む生命への共感」が基礎となって、その後の様々な調査・研究を推進するエネルギーとなっていった。

 B 生活廃水への関心の高まり

 2年次の5月の調査と10月の調査では、水質検査パックを導入して、リン酸濃度と化学的酸素消費量(COD)を測定した。リン酸濃

度は、河川水の汚れと家庭からの生活廃水との関係を調べる指標である。

 この調査をやってみた結果、生徒の生活廃水への関心が高まり、川をきれいにする対策として生活廃水の浄化の問題が意識されるよう

になってきた(下の表を参照)

〔多摩川の自然を守るには何をしたらよいか〕

ゴミを捨てない              120人
ゴミを持ちかえる              11人
ゴミを拾う                 50人
ゴミを減らすように呼びかける        17人
河原にゴミ箱をもっとたくさん作る       4人
                       合計202人
水を汚さない                 2人
家庭で洗剤などを流さない          10人
家庭で油などを流さない            7人
家庭排水を流さない(減らす)        12人
家庭排水をろ過してきれいにする        1人
工場排水をろ過してきれいにする        1人
廃水の処理方法を変え、川に流さない      3人
工場や家庭の排水を川に流さないように呼びかける1人 
                       合計 37人 
魚を放流する                 2人
植物や昆虫をむやみにとらない         2人
鳥や木を保護する               1人
コンクリートで固めない            1人
                       合計  6人
一人ひとりの心がけの問題           5人
川でものを食べたり飲んだりしない       1人
                       合計  6人

 その後の上流から河口までの調査では、上流から中流,中流から河口へと下るに従って、リン酸濃度が上がることがわかり、人家の密

集した中流以下の地域の汚染が極めてひどいことも認識できた。

 また、川崎市の環境センターの処理水を測定したところ、かなり汚染状態の高いまま排水されていることも判明。その後の追加調査で

環境センターを訪問し質問したグループにより、現在の環境センターの能力では処理しきれない程の大量の汚染された生活廃水が下水道

に排出されている実態もわかった(前記資料2を参照)。

 C 自然と人間の共存を模索する

 この調査を背景として、2度にわたり「多摩川を自然と人間が共存できるものにする」ための方法を探る討論会を実施した。

 2年次の10月の文化祭における討論会は参加者は少数であったが、パネラーとして討論を行った各研究チームの代表たちにより、自然

と人間との共存の核として、生活廃水を浄化することと、川の堤防などの作り方を自然の浄化作用を生かす方法に変更することが、強く

意識された。

〔写真A 文化祭での討論会〕

 翌年2月の研究発表会では、各クラスの予備討論をもとに、学年全員で「生き物と人間の共存できる多摩川にするには」をテーマに討

論会を実施した。

 ここでは「自然に帰せ派」と「現状容認派」そして「共存派」に分かれて討論した。この討論では「共存派」の提出した、環境センタ

ーに入ってくる生活廃水の量と汚染の程度の現状、環境センターの処理能力の資料、さらには家庭で廃水を減らしたり浄化する努力の具

体的な提案、自然浄化作用を生かした堤防づくりの実際例などが、かなりの驚きと共感をもって迎えられた。

 こうして2年間の多摩川自然観察の取り組みは終了した。まだ多くの取り組みたい課題はあったが、それは今後に残した。

()教科との連携

 多摩川自然観察とそこから得た感覚・知識や認識、環境への関心は、各教科の学習の中でいかに深められたのだろうか。

 残念ながら、この面については事前にクロスカリキュラムを組むなどの計画的な連携ができなかったので、その程度については確かな

ことは言えない。

 しかし、幾つかの教科における学習活動に、多摩川自然観察の成果が反映していると思われるので、それを報告する。

 @ 立体造形「未来の地球を表現しよう」

 2年次の9月から12月にかけて美術科で行われたこの学習は、透明な半球と板とを基礎に、自分のイメージする未来の地球をつくりあ

げるものである。

 作品をつくる前に、50年後、100年後、200年後……と、地球の未来を想像させた上で、構想を練るのだが、この学年の作品は、他の

多摩川自然観察に取り組んでいない学年とは、構想の段階からかなり違った傾向が見られた。

 全体にこの単元では、暗い破壊されきった生命の滅び去った地球というイメージが多い。この点はこの学年も同じなのだが、「地球を

浄化して滅ぶのをとめよう」という気持ちをなんとか形にしようと試みる生徒が多かったことに特徴がある。

 具体的な身近な環境問題に取り組んできた成果であろうか。

 A 「食品の選択と購入のしかた」

 2年次の10月・11月に実施した技術家庭科のこの学習では、授業で学習した「食品の適切な選択」の知識をもとに、自ら学習したい

テーマを調べて発表する活動が行われた。

 次の表はあるクラスの生徒が設定したテーマの一覧である。

  1. 一番身近な加工食品に挑戦する…………………インスタントラーメン
  2. やはり気になりますね!…………………………………食品添加物
  3. スキムミルクでつくる……………………………………乳製品
  4. 香辛料の歴史………………………………………………香辛料
  5. アルギン酸ナトリウムと塩化カルシウムでいくら?…コピー商品
  6. コンビニエンスストアの謎………………………………流通と環境
  7. 一日過ぎたら食べますか?………………………………賞味期限
  8. 検証…………………………………………………………食品公害 
  9. ペットボトルでつくる……………………………………手作りバター
  10. あなたはどっち?…………………………………………レトルト食品

 多くの生徒が身近な加工食品や食品添加物に興味を持っており、さらには食品公害や流通における環境への影響などにも興味を持って

いることがわかる。

 この単元をこのような形で学習したのはとの学年が初めてなので比較はできないが、2年間の多摩川自然観察の影響があることは否め

ない。

 B 国語科弁論での生徒の主題

 本校では毎年、文化祭にあわせて弁論大会を行い、全生徒が自分自身が訴えたい課題を見つけ、意見文をつくる。この意見文のテーマ

に、多摩川自然観察をしたこの学年では、環境問題とりわけ河川の水質汚濁の問題を取り上げる生徒が多く出た。

 C 社会科における環境学習

 社会科では、3年間に以下のような環境学習を行った。

〔1年次〕
  • 世界の人々の生活
     ー自然環境と人々のくらしとの環境を学ぶー
  • 中国と東南アジア
     ー各地に共通した問題としての、工業化に伴う環境問題ー

〔2年次〕

  • 日本各地の人々の生活と気候
     ー気候の違いによる暮らし方の違いを学ぶー
  • 日本の農業とその課題
     ー課題の一つとしての環境問題を学ぶー
  • 日本の工業とその課題
     ー課題の一つとしての環境破壊ー

〔3年次〕

  • 高度経済成長政策の是非
     ー地歴総合の学習。戦後の経済発展と環境破壊を踏まえて討  論ー
  • 身近な権利侵害を見つけよう
     ー環境問題を権利侵害として考えるー
  • ダイオキシンを解決できる政治とは
     ー様々な政治機関をどう動かしてダイオキシン問題を解決で  きるかを調査し討論するー
  • 地球温暖化を阻止するには?
     ー国連を舞台とした先進国と発展途上国の対立を背景に自説  を展開するー

 1・2年次は現状を知る段階とし、3年次においては、多摩川自然観察において環境を自分自身の問題としてとらえていった成果を基

礎とし、さらにそれを社会や国のあり方の問題としても考えさせていこうという意図である。

 3年次の学習はすべて討論やシュミレーションとして実施した。単元の最初に教師から基礎知識は講義されるが、その後の展開は生徒

自身の活動である。

 憲法や政治や経済や世界の政治経済はなかなか身近なものにはなりにくいが、生徒の学習意欲をきわめて高いレベルで維持し、積極的

な調べ学習と自分自身の問題としてとらえた真剣な討論を実現する事ができた。

 D 選択教科―総合環境科の設定

 2年間の多摩川自然観察の成果を生かす方法を模索する中で、選択教科の中に「総合環境科」を設定する事とした。

 自分が興味をもった環境問題についてインターネットを使って資料を集めてさらに考察すること。そして2年間の環境問題への取り組

みをホームページとして作る事を課題として組んだ。約200人の生徒の中から18人が選択し、各々の選んだ環境問題の資料ファイルを作

り、それをもとにして文化祭では環境クイズを披露した。現在は環境の取り組みを組み込んだホームページを作成中である。

 E まとめ

 クロスカリキュラムをつくるなどの計画的な教科との連携はできなかったが、各教科で生徒の主体的な活動を中心とした授業展開が行

われた事で、多摩川自然観察で培われた問題意識を基礎に、各教科での学習活動の深まりが見られたと思う。

 


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