「いろは文庫」の英訳D−「ルーズベルト伝説」の真偽―
川瀬 健一
2014年1月11日、日本英学史学会本部例会にて発表
母方の曽祖父齋藤修一郎(1855−1910)が、1880(明治13)年に為永春水の『いろは文庫』をイギリス人作家・美術商のエドワード・グリー (1836−1888)と共同で英訳して出版した『The loyal ronins』の影響を論じる。その影響のよく知られたエピソードとしては、日露戦争当時のアメリカ大統領セオドア・ローズヴェルト(1858−1919)が日露講和を斡旋した際に、日本全権代表小村寿太郎(1855−1911)の「閣下は何の動機からかくまで好意を我が日本に傾倒せらるるに至りしや」との問いに対して、齋藤修一郎訳の『四十七浪人』を示して「昔これを一読し、日本人の忠に厚く義に勇むの特性を解し、爾来大いに日本人贔屓になった」と語ったとの逸話がある(信夫淳平『明治秘話 二大外交の真相』1928年萬里閣書房) 。この逸話が真実かどうかを諸史料にあたって検証する。結論としては、セオドア・ローズヴェルトがこの本を読んで日本贔屓になったと1907(明治40)年9月26日にホワイトハウスを表敬訪問した津田梅子(1864−1929)に語ったことは事実であり、彼自身の1906年12月4日の大統領教書でも日露戦争中の日本軍の兵士・将校の勇敢さは、『The loyal ronins』にすでに描かれていると述べているので、ローズヴェルトが『The loyal ronins』を読んでいることは確認できたが、この話を小村寿太郎にしたという史料は、前記の信夫淳平(1871−1962)の書しかみあたらず、この伝説の真偽を確認することはできないばかりか、この伝説が創作である可能性すら出て来た。