〔「絵画」の成熟─1930年代の日本画と洋画─〕94.11.13

 1930年代に活躍した10人の画家の作品を比較展示することにより、時代の精神を見極めようとする意欲的な企画展。「写実の系譜」と題する、近代美術館の企画展の4回目である。
1)藤島武二(1867〜1943)
 
 大胆な筆使いで、あらゆる形象が簡略化されている。とても印象的な美しい絵。「港の朝日」(1935)「東海旭光」(1932)の二つの作品は、とても美しい。朝靄の中をのぼる朝日。海のきらめきや空の色の微妙な変化。こういった情景を大胆に活写している。「耕到天」(1938)は、折り重なる山の斜面が山頂まで畑となって耕されている様を描いた作品だが、畑・木々・桜・農家など風景の全てがモザイク文様として描かれている。しかもその一つ一つが面塗り技法で遠近感がなく、ほとんど日本画の世界となっていておもしろい。
 
2)菊池契月(1879〜1955)
 
 線の美しい画家である。はでな面塗り技法をつかった作品よりも、描線の太さ細さや濃淡で表現された人物像が美しい。「少女」(1932)は、淡い色で描かれ、線がとても軟らかく美しい。たおやかで繊細な少女の趣が見事に表現されている。
 
3)安井曽太郎(1888〜1965)
 
 この人の油絵には、立体感・遠近感がほとんどないと思う。人物も風景も、日本画的な輪郭線と面塗りで描かれている。それと同時にフォービズム的な太い輪郭線で描かれてもいる。「深井英五氏像」(1937)は、どこかデュフィに似て現代的である。明るい色彩のかたまりとなって詩的に描かれている。「承徳の刺々廟」(1937)は、油絵による風景画なのだが、水彩画の趣。鉛筆によるデッサンの線がそのまま生かされており、遠近感があまりない。
 
4)速水御舟(1894〜1935)
 
 おもしろい絵である。伝統的な日本画ではない。対象の部分を強調する色使い。そして形はかなり変形されてその部分が細かく描かれている。「女二題「(1931)は、美しくはないが醜いわけではない女性を描く。しかも生き生きとした生命力というかエネルギーを感じさせる絵である。
 
5)小林古径(1883〜1957)
 
 色彩が美しい。淡くかつ明るい。しかも徹底的に写実的であるが、どこか違う。「果子図」(1940)。これが日本画なのだろうか。刺繍でできたテーブルクロスに洋なしという画題のせいだけではなく、色づかいまでも油絵的である。とても現代的。「唐蜀黍」(1939)。形は写実的だが、大胆に色彩を変えている。葉を黒の濃淡で表現したことにより、茎と実の緑が画面から浮き出し、とても印象的である。この人の絵は、全体的にうぐいす色がかった緑色が美しい。
 
6)安田靫彦(1884〜1978)
 
 空間を広くとった伝統的な日本画。しかし、部分をかなり省略した簡素な表現である。描線はかなり太く力強い。
 
7)土田麦僊(1887〜1936)
 
 清楚な美しい絵である。明るく淡い色づかい。黄緑色がとても美しい。「甜瓜図」(1931)はメロンを描いている。しかも色は黄緑色のグラディエーションのみである。背景も省略され、植物のおりなす曲線と色の濃淡の美しさがすばらしい。飛んでいるモンシロチョウの色がポイントになっている。この人の絵は、徹底した写実ながら、細部を簡略化して図案化し、しかも生き生きと描いているところに特徴がある。
 
8)梅原龍三郎(1888〜1986)
 
 太い輪郭線。大胆に原色を使った色づかい。ぼかされた形象。フォービズムの特徴そのものである。だが荒々しさはなく、極端な変形もなく、素材の素直な写生に基づいた図案化されたような変形。「桜島(青)」(1935)は、赤い夕陽に照らされた山体を描いている。暗青色の沈んだ絵である。
 
9)須田国太郎(1891〜1961)
 
 大胆な絵である。事物の形がボンヤリと背景に溶け込み、物の骨格しか見えない。「法観寺塔婆」(1932)。京都の八坂の塔を描いた作品。町並みに林立する電信柱の縦の直線の中に塔は溶解してしまっている。
 
10)坂本繁二郎(1882〜1969)
 
 事物の形は淡い色の中に溶けてしまっている。まるで強い逆光線によって事物の形や色が、光の中に溶け込んでしまったかのような絵である。「水より上がる馬」(1937)。絵に近づくと馬の姿が消えてしまう大胆な形象の変形が行われている。
 
 10人の作家の作品を通して見ると、不思議に共通した点がある。それは「写実」といっても事物をそのまま写すのではなく、写実に基づいて画家自身の心の中にある美意識と合致させた形・色として対象を描くということ。日本画洋画の範疇を越えて、1930年代の絵に共通した特徴のようである。

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