〔1874年─パリ「第1回印象派展」とその時代〕1994.10.25

 1874年の第1回印象派展と同年のサロン(当時の公式の展覧会。これに入選することが画家として社会に認められることを意味)の作品とを、できるだけ集め、対比することによって、この時代と印象派の登場の意味を浮き彫りにしようとする意欲的な企画展。
 
 二つの美術展の作品は、きわめて対照的である。サロンの作品を見たあとで印象派の作品を見ると、その違いがくっきりと明らかになる。
 
─1) 題材の違い─
 
 当時としてはこれが最も大きな違いであろう。
 サロンの作品の多くは、伝統的・神話的な題材が多く、中には戦争画が目立っている。1871年にプロシャとの戦争に負け、同年にはパリ・コミューンという労働者蜂起の衝撃を受けたフランス。第2帝政の下でパリの大改造が進み、かってのフランスの栄光を夢見て、復古的文化が基調であったフランス。敗北の後は、その傾向に拍車がかかり、復古主義というよりも、権威主義的であり、国威発揚といった傾向が強い。
 
 あの自然主義派であるコローですら、神話的題材で入選しているのである。
 
 印象派展の作品の題材傾向は、サロンとは一変する。
 
 日常的な市井の風景や人物の一瞬の姿を切り取るといった風情。会場にいた中年の女性たちが、「こっちの方が心が和む」と表現したように、一切の権威主義とは無縁な、ありきたりの情景が描かれている。その中に美を捜しもとめる。日常の中の美しさ。国家とは相対的に独立した、市民社会という構図である。
 
 この違いがくっきりと分かるのは、双方に出品しているマネとルノワールの作品を対比した時である。
 
 従来の伝統的技法や約束事を打ち破る革新的絵画を描き続けたマネ。
 しかしこのサロンでの作品「サン・ラザール駅」は、きわめておとなしい作品である。「市井の風景を描いた」という展では印象派展と共通しているが、技法的にはなんの新味もないもの。
 また、ルノワールのサロンの入選作は異国趣味の少々グロテスクなもの。そこに描かれた女性には、ルノアール特有の、のびのびとした美しさがない。サロンでは、伝統的絵画の枠を越えたり、貴族やブルジョワの趣味を逸脱した作品は入賞しないのであろう。
 
─2) 技法─
 
 印象派の作品は、対象の輪郭をくっきりとは表現しない所に特徴がある。
 サロンの作品は、物の輪郭をくっきりと表現する。
 しかし、印象派展の多くの作品は大なり小なり、輪郭をぼかす傾向にある。
 
 モネの「印象・日の出」は、その点で際立っている。
 朝靄を通した日の出の太陽の淡い光。物の形はぼやけ、ユラユラと漂い、色彩も灰色がかった青が基調だが、太陽の光のゆらめてにしたがい、微妙に変化する様が、見事にとらえられている。
 
 
 印象派の登場とは、伝統の破壊・革新にこそその意味があったのであろう。そして印象派のそれは、光の微妙な変化に注目し、事物の姿の微妙な変化を描こうとすることにより、徐々に、画家の心の目でとらえられた心象風景を描くことに近づいていく。その出発点の所が浮き彫りにされた企画であった。

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