〔Intersection '94 〕 1994.2.20
月館さんが、友達と作品展を、世田谷美術館の区民ギャラリーで開いたので、見に行ってきた。
6点の作品が展示されてあった。
月館さん本人に解説してもらって絵を見るのは、少し緊張した。初めての体験だからである。ただし、ほとんどの絵が、以前行われたいくつかの展覧会で見た絵であり、その時、作者のメッセージについて、私が感じたことが、ほぼ作者の考えた通りであった事がたしかめられ、とてもうれしかった。
「17才の夏」。これは、3年前の神奈川県美術展に入賞したものに良く似ているが少し違う。「彼方へ」は多摩うるおい美術展に入賞したもの。そして「明日に向かって」は2年前の上野の森美術館展に入賞したもの。「風に吹かれて」という作品は初めて見たものであるが、前記の3つの作品と、ほぼ同じテーマで描かれた作品である。
どの絵も近代的で無機質なコンクリートジャングルというべき都市を背景とし、その前に若い女性たちが、遠くを見つめて立ち尽くしている。空からはまるで虹のような光が背景の都市全体を覆っている。そして人物の背後に、そのコンクリートのビル群に開いたトンネルの彼方に、美しい自然風景が描かれている。
月館さんの説明では、都市風景は殺伐とした現代社会を象徴しており、トンネルの彼方の美しい自然風景は、若い女性たちの見つめる彼方であり、人々の願う希望を現したものであるとのこと。以前見た時感じたとおりであった。
そしてこの一連の作品の中で最も好きな作品は「明日に向かって」とのこと。女性が正面を向いて立ち、澄んだ大きな瞳で遠くを見つめている。他の作品と違って、女性の半身だけを描いており、目を含めた表情をはっきり捉えることができるので、訴えかけてくるものが、強い作品である。「一番好き」ということは一番自分の気持ちが描けているということであり、充分納得した次第である。
「六月の風」は、昨年の神奈川県美術展で奨励賞を受賞した作品。絵の中の人物がふたくみずつ対になっており、それぞれが違った人生なり違った人生観を持った人々の共生している社会を象徴しているとのこと。「そのようにかんじましたが」と話すと、月館さんもうれしそうに「そう感じてもらえればうれしいです」と答えてくれた。
全く初めての作品が「収穫」である。
これは、幻想的な森を背景にして、若い、ヨーロッパの金髪の女性が、たわわに実ったブドウの房をもぎ取ろうとしている絵である。一番最近の作品とのこと。今までとはまったく違う絵である。よく見ると、背景の森は、月館さんの絵の先生である近藤氏の、浄土を描いた作品の森とそっくりである。澄んだ青い森。
そのことを話すと「最初は青ではなかったのです。先生の絵を真似てかいてみたのですが、先生が青の方がいいというので青にしたら、こうなりました」とのこと。
また、よく見ると、森の手前の林の中に、木にもたれてロバと戯れる若者が一人。周囲の林の景色といい、ヨーロッパのファンタジーの世界そのものである。そして、正面の女性。姿は女性なのだけれど、どうも体つきや顔つきが男性のよう。「これ本当に女性なのかな」と思って尋ねてみると、「本当はギリシャ神話のバッカスの神を書こうと思ったのですが、描いている途中で、だんだん女性に変わってしまったのです。」とのこと。なぜバッカスなのかとおもってきいてみると、「バッカスはお酒の神様ですから、葡萄の収穫にはちょうど良いと思って」という答えでした。
この作品は実際には自分でも何を描こうとしたのか良くわからないので、失敗作だと思うとのこと。それは「何故バッカス」なのかという私の問いに対する答えからも窺えた。私の質問は「バッカス神は単なる酒の神ではなく、酒が人間の理性を麻痺させ、人間の様々な欲望を解き放つものであるように、人の性的な欲望を解放する官能の神であり、伝統的な秩序の破壊者であった。月館さんはその事を知っていて描こうとしたのか」。こういう疑問が裏にあってきいたもの。この質問に彼女はまったく答えられなかった。
実際に月館さんは、何を描こうとしたのかを自分自身でもわかってはいないのだろう。しかし、幻想的な夢幻の世界を背景とし、官能の解放の神であるバッカス神を中心に据えた絵。今までの彼女の絵とはまったく違っている。今までの作品は、若々しい生命力の漲るさわやかな作品ばかりであった。それとは一転して違った世界。美しくはあるが、幻想の世界であり、実在感のない世界。
何故このような世界を描こうとしたのであろうか。彼女の心の中に、何か変化が起きているとしか思えないのである。