〔ルシアン・フロイド展〕 1992.8.25
今世紀イギリス美術の巨匠として評価されているルシアン・フロイドの作品展。
正直にいって暗い。初期の作品から後期の作品まで、その絵画の様式や技法はかわっても、絵の持つイメージが暗いのである。
1940年代の初期の作品は、人物の目が大きく、かつ見開かれていることに特徴があるように思える。「子猫を持つ少女」や「白い犬と少女」などは、その良い例であろう。目が不自然なほど大きく描かれている。しかもまるで何かに驚いているかのように大きく見開かれた目。その目は何処か遠くを見ているようで、物悲しい。そして全体の色調も暗い。人物の肌の皺や肌の色の陰影を、こと細かく描写していることも、そう感じさせる原因であろうか。
後期になってもこの傾向は続く。違っているのは画題である。
裸の人物像(男女)が多いのであるが、画家が見ているのは、肉体の醜さ、欲望の塊としての肉体であろうか。男女とも、最も精密に描かれているのは、その性器である。そして、人物の目は初期と同じように、大きく見開かれ、遠くを見ているようである。
この暗さは、どこから来るのであろうか。この画家の目は、希望ではなく、時代の暗部にのみ向けられているように感じるのである。それはどうしてなのか。
1922年にドイツのベルリンに生まれ、1933年に、ナチスの台頭に伴い、家族と共にイギリスに移住。父は精神分析学の創始者として有名なジグムント・フロイド。
故国を追われ、生涯異国で生活せざるをえなかったユダヤ人として、20世紀の戦乱をくぐりぬけてきたという画家の生活史に、この人の絵の暗さの原因は求められようか。