〔ゴーギャンとルプルデュの画家たち〕 1992.5.3


 1848年にパリに生まれ、1903年に南太平洋の島で没した画家、ゴーギャン。そのゴーギャンが、南太平洋の異質な文化にひかれ、タヒチ島へと旅立つ直前。1889年から1893年の間に、フランス北西部ブルターニュ地方のル・プルデュ村での多くの画家たちとの交流の時期に焦点をあてた企画展。

 ゴーギャンの「タヒチ時代」を特徴づける画風である、黒い太線によるくっきりとした縁取りと、原色でのべったりとした面塗りの画風。これがすでに、ルプルデュ時代に確立されていたこと。そして、この画風は彼の独創ではなく、この地に滞在した多くの画家たちとの真摯な交流による、相互に影響しあう中で生まれたことが、この企画展に集められた作品によってよくわかる。

 同時に、この企画展を見ていて気がついたことがある。、それは、この19世紀末のヨールッパの画家たちには、日本の浮世絵の画風が強く影響しているということ。

 ゴーギャンの縁取りと原色による面塗りという技法自身が、日本の浮世絵的なのであるが、特に、シャルル・フィリジェの作品はその傾向が強い。この作家は、多くの宗教的な題材の絵で有名だが、その風景画には、浮世絵的な、遠近感を無視した、色彩の面の組み合わせ的な趣がある。この人の作品のうち、「ル・プルデュ風景」という作品は、きわめて日本的である。また、この人の宗教画でも、背景の風景には、日本的雰囲気が漂い、前景の人物には、ビザンチン様式が見られる。さらに、もう一人、ポール・セリュジェの作品で、「海辺のブルターニュの女たち」という作品がある。これは、色づかいといい、面の塗り方といい、もう日本画と見間違うばかりに、そっくりな作品である。

 世紀末ヨーロッパの行き詰まり感は、絵画の分野においても、東洋的なものに憧れる形で、あらわれていることに、感銘すると同時に、同じ時期の日本の画家たちは、浮世絵的な平面的な技法から脱却し、より事物を実在的に描こうとして、印象派の作品などを懸命に学んでいたこと。このことの、歴史的逆説みたいなことにも、感銘を受けた。


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