〔シャガールのサーカス展〕96.4.29


 シャガールの作品の中から、サーカスを題材とした作品を64点展示。油絵と版画からなっている。

 シャガールの絵は、繊細な線によって対象を描き、大胆な色塗りによって場面の感情を表現するもの。特に、リトグラフになると、この特徴が強く出てくるように思う。

 リトグラフシリーズのサーカスは、同じサーカスを題材としていても、油彩画と違って、より詩的に表現されているように思われる。それは、油絵の方が、一点で様々な主張をしようとするせいなのかもしれない。また、油絵が絵具を盛り上げて幾層にも違った絵具を重ねていくために、色が少し重くなるせいかもしれない。

 とにかくリトグラフのサーカスシリーズは、線も繊細で色も淡く、より詩的で美しい。もしかしたら、リトグラフの方が、より後期の作品であり、作者の心情の変化を表現しているのかもしれないが。

 今回の展示でわかったことは、サーカスというものは、異次元の空間であり、老いも若きも全ての人を童心に帰らせる力をもっているということ。シャガールの作品と同時に、ユダヤ人の写真家イジスのサーカスを題材にした写真が展示されていたが、この写真に、サーカスが何であるかが、よく表現されていたと思う。サーカスの観客を撮影した作品。とりわけ、一人の老婦人の顔をアップした作品が圧巻であった。その老婦人のすぐ横に映っている幼い女の子の表情と、老婦人の表情とが生き写しなのである。キラキラと輝き、大きく見開かれた瞳。驚きの表情を表し、大きく開かれたままの口。そして顔全体には、美しい微笑み。そしてそれは画面の他の観客も全く同じなのである。

 画家シャガールにとっても、同じであったのかもしれない。日常からの解放の空間として。


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