〔青木繁展〕95.8.4
ブリジストン美術館・石橋美術館所蔵作品による、恒例の夏の特集展示。今回は明治の異才・青木繁の主要作品の展示である。
展示された代表作品としては、1905年の「大穴牟知命」と1907年の「わだつみのいろこの宮」がある。残念ながら彼の最高傑作である1904年の「海の幸」は絵の傷みが激しいため、今回は出品されなかった。
彼の多くの作品を見ていて、赤い描線が目につき、とても気になった。この赤い描線が最も目立つのは、1903年の「自画像」。そして1905年の「大穴牟知命」。特に自画像は絵具がはげおちていて暗くぼやけた画面の中に、この自由でのびのびと描かれた赤い線だけが目立っている。キャンバスに描かれた下絵の線なのだろうが、完成された作品の繊細というよりひ弱な線に較べ、大胆で力づよい。
青木繁の作品は、こんなに暗い作品だったのだろうか。神話に題材をとった作品が多いのは、当時流行だったロマン主義の影響であるが、これらの作品も同様に暗い。
またこれらの作品は、日露戦争当時に台頭してきた日本主義とも無関係ではないが、その日本賛美の国家主義的風潮に乗った作品を、フランス世紀末美術の影響による耽美主義的な官能的な繊細な描き方で表現したところに、当時の風潮に乗り切れない、青木繁の心情が表現されていると思う。
彼の本来の画風は、赤い描線に見られるように、もっとのびのびとした自由闊達な明るいものであったのではないだろうか。代表作の「海の幸」には、そんな傾向が見られる。しかし、時代は日露戦争の戦勝気分に乗った無条件の日本賛美の様相を帯び、その傾向に批判的な思潮は抑圧されていく。結核の悪化という彼の個人的な事情と共に、一世を風靡した青木繁が、その後画壇からも忘れさられ捨てられていく前兆がここにあったと思う。