〔想展〕95.6.27
月館さんの絵が大きく変化している。今までの絵と違って、より象徴的なものになっている。
「青い夢幻」。
この作品は花瓶にささった花が散っていくという形となっている。その手前に金魚鉢を覗く猫が描かれている。絵全体が青い色を基調としていて何故かとても悲しい雰囲気である。手前の金魚鉢を見ていると、今にも猫が飛び込みそう。飛び散る青い花のはなびらは、今にも消えそうな金魚の命を表しているのであろうか。
「花と少女」。
絵のパターンとしては、青い夢幻と同じ。花瓶に生けられた花のはなびらが飛び散っていく。そのテーブルにうつ伏した少女。少女の大きな澄んだ瞳がとても印象的。そして透きとおった美しい花々。風もないのに飛び散る美しい花の花弁は何を象徴しているのだろうか。花が散る=命が散る。この少女の命のはかなさを象徴しているのだろうか。色々な事を感じさせる絵である。
「予感」。
花からほとばしる渦巻きのようなもの。その果てに黒い鳥が飛び去る。絵の中に立ち尽くす女。この女の心に影さす不安のようなもの。黒い花と黒い渦。そして黒い鳥。全てが「不安な予感」を象徴しているようである。
1月に見た絵にも、花を使って、心の中を描いたものがあった。構図も明快で大胆であり、とても美しくかつ象徴的である。今までの絵より、より主題がしぼりこまれており、明快な構図と澄んだ美しい色使いがとても印象的である。ちょうど月館さんの絵の先生である近藤氏と出会う。会の受付の人との会話の中に興味深いものがあった。『月館さんの絵はうまくなったね。浅葉さんのいいところを全部もっていってしまったよ。』と。その浅葉さんの住所をみると多摩区菅稲田堤とある。最近多摩区の友達の所によく行くといっていたので、この人の所か。経歴を見ると少し年長の方のようである。
その浅葉さんの作品。構図の大胆さが目立つ象徴的な作風。
「Summer」。
ホテルのプールに若者たちが手をつないで飛び込む。そのそばには日光浴をする女性。いかにも賑やかな歓声が聞こえてきそうな絵である。そしてこの光景を真上から見た構図になっている。そして手前に手すりに寄り掛かった若い女性が一人。日焼けした肌。大きな淋しげな瞳。下のプールサイドとは対照的な物憂い雰囲気が漂っている。下の光景は楽しい夏の思い出か。ベランダから真下を覗き込んだ光景と、そのベランダの人物を真横から眺めた光景。この二つを組み合わせてしまうという、現実にはありえない大胆な構図が、いろいろな事をかんじさせる絵である。
もうひとつ浅葉さんの作品。
「遠い日」。
セピア色の絵。様々なものが浮遊する異次元空間の真中に、一人日記(?)を読み耽る少女。とても幻想的な美しい絵である。浅葉さんの作品の特徴は、どちらも大胆な構図と透明な美しい色調にある。どうやらこの点を月館さんが学んだということなのだろう。なかなか、興味深い作品展であった。