[439] 論理的に考えよう! 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/11(Sun) 12:49

あいかわらず物事を論理的に考える方法をわかっていませんね。銚子いちろ〜さん。
 公文書が全て明かになっていない以上、それに基づいて当時の状況を判断して推理するのは学問的なあたりまえの方法です。それを「個人の勝手な推理」と一刀両断されては、政府が発表した見解以外の事は言うなと言ったのと同じこと。
 また今回韓国政府が発表した議事録によってもなおいくつかの疑問が残ります。
1:なぜ韓国政府は個人補償を政府への一括支払いに求めたのか。
2:なぜ韓国政府はそれを個人に支払わなかったのか。
3:なぜ日本政府は、個人に補償しようという自己の提案を貫かず、韓国政府にすべてを任せ、韓国政府が「誠実に」保証しなかったことを知っていながら「韓国政府の責任」として放置したのか。
4:またなぜ交渉の事実上の進行役であったアメリカ政府はこれらのことを容認したのか。

 この問いにきちんと答えてください。これに答えられない限り「日本政府は誠実に保証した」というあなたがたの主張(これも主張=推理にすぎません)は成り立たないのです。僕は僕なりに推理して答えました。その答えの何処が間違っているのかを指摘もしないでただ「誠実にやった」「韓国政府の責任」を繰り返しているだけでは物事を論理的に考え、そしてこじれた韓国と日本と関係をどう解きほぐすかという問題に取り組む姿勢とは言えません。いや、答えようとしないということは、こじれた関係をほぐそうという気持ちがないことの現われだと思いますね。
 これに答えないで何度も「根拠は」だけを繰り返しているから結局同じ所を堂々巡りしているだけ。

 ちなみにこれらのことをきちんと公開された文書に基づいて論じた学術書はたくさんでていました。そしてこの学術書の見解は学会の定説であり、僕の意見ともまったく同じであることを見つけました(僕が昔、参考として読んだ本ではないですが)。
 例えば前掲、高崎宗司著「検証 日韓会談」(岩波新書1996年刊行)、内海愛子著「戦後補償から考える日本とアジア」(山川出版社日本史ブックレット2002年刊)などが、史料分析に基づきかつ、とても読みやすいものです。


[438] 推理でしたか!! 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/11(Sun) 12:19

個人の勝手な推理・感情で国家間の事を論じてはいけません。
私とあなたの意見交換がかみ合わないはずです。

歴史上の事柄の事実確認は、その当時の記録として残された信用できる文献で事実を確認するのですよ。今回の場合「韓国が公開した公文書」という事になります。
今後は、これをもとに意見を言ってくださいね!!

433で、こあらさんは「日本が個人補償を持ち出したが、韓国が断った」と報道されている(出典は?)、と書いてますがこれは誤りです。

韓国が公開した条約締結交渉の議事録では
・・・・・・交渉過程では日本が「韓国の戦争被害者に対しては、日本が個別に補償を行う」と提案したが、韓国政府が「個人への補償は韓国政府が行うので、日本は韓国政府に一括して払って欲しい」と主張した(交渉過程は公開済み議事録に記載)。・・・・・
と書いてあります。

韓国は個人補償を断ったのではありませんよ。「個人補償は韓国政府が行うので、日本は韓国政府に一括して払って欲しい」と言ったのです。だから韓国の戦争被害者に対する補償は、日本が支払った経済協力金で「韓国政府」がやらなければならなかったのです。韓国政府は個人補償は5%しかやっていません。それは韓国政府の責任であり、日本政府が責められる事は、まったくありません。

おてもやんさんの主張される「戦後補償については、日本は個人補償も含め誠実に行った」というのはこういうことだと思います。



[435] 論点がずれている 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/10(Sat) 12:56

何も矛盾していませんよ。銚子いちろ〜さん。
 韓国政府の公表した文書のことは、僕がもちだしたのではなくて、おてもやんさんが最初に持ち出したこと。それに対する僕の応えもすでに何度も書いてある。
 ただ僕の答えには、公文書と言う裏づけがない。だから背景となる状況分析をもとにした推理になる。
 これをおかしいと論破するには、「冷戦下で反共の砦としての日本と韓国を維持強化するために、アメリカは日本の戦争謝罪と賠償などはどうでもよく、日本もその路線に乗った」=つまり日本は賠償を値切った・無視したという僕の解釈・推理が正しいのか否かということに論点を絞らない議論になりませんね。

 もういちど、おてもやんさんと僕との議論を丁寧に読みなおしてください。
 みなさんは結局この点に何も応えていないのですよ。「公文書によらず一評論家の説による」のではだめという論では、何も応えてないのです。

 一度、前記の姜尚中氏の著書と「検証 日韓会談」(公表された文書を元にして推理したはじめての通史だそうです)を熟読してください。僕も後者の本はまだ読んでいないので、じっくり読んで、僕の解釈が正しいのか間違っているのか調べてみたいと思います。
 では、仕事に差し支えますので、このへんで。


[434] 明らかな矛盾でしょう 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/10(Sat) 10:58

コアラさん、あなたは432までは
 @日本は、個人補償を値切った。
 A日本は、個人補償を無視した
といっていたのですよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、こあらさんは、433では「今年韓国が初めて明らかにした文書の方がよく示しているはずですね、そこには「日本が個人補償を持ち出したが韓国が断った」という趣旨の事が報道されています」とあなたは書いてます。私はこの公文書を根拠にしています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
上の2つを見てください。こあらさん、あなたの言っていることは、432までと433では明らかに矛盾してませんか?

再度お尋ねしますよ!!
「日本は個人補償を無視した」のは事実ですか?



[433] 公文書はすべては公開されていない 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/10(Sat) 10:20

日韓会談についての公文書はすべて公開されているのでしょうか。こういう会談にはかならず秘密文書が存在します。そして日本政府はそういう性格の文書は公開しません。日韓関係だけではなく日米関係についても秘密文書の類はいつも日本ではなく相手国の側から公開されて事実が明らかになるのが常です。
 公文書というのならば、今年韓国政府が初めて明かにした文書のほうが事実をよく示しているはずですね。そこには「日本が個人補償を持ち出したが韓国が断った」という趣旨のことが報道されています。だからなぜ「韓国が個人補償を断ったのか」「日本がなぜそれを容認したのか」が問題になり、会談の事実上の主導者であった「アメリカがなぜそれを容認したのか」が問題なのですよ。
 まだこの件に関する公文書は秘密文書も含めて公開されていない筈。したがって当時の状況を背景にして推理するしかないのですよ。
 ネットで流されている日韓会談・条約についての言説は、上の状況を無視したもの。これは決して「左翼」の解釈ではないです。だいたい左翼はこの問題には無関心。何も取り組んではこなかった。だからこの問題を背景も含めて明かにしている人々は、みんなまじめな研究者。東大の政治学者である姜尚中氏もその一人。是非氏の著書を読まれ、あわせて岩波新書の「検証・日韓会談」も読まれる事をお勧めします。

 結局、銚子いちろ〜さんも、最後は人を口汚く罵って退場するだけ。人の批判に耳を傾けるのではなくただそれを非難するだけ。自身が「右翼」思想という色めがねで事実を歪めて解釈しているから、事実をきちんとつかんでいる人の見解が「偏向」に見えるだけなのにお気づきでない。
 こういう方との「意見交換」はいつも平行線です。でもいろいろ相手の考えかたの根拠がわかって勉強になります。今回もいろいろ示唆いただきありがとうございました。では、お元気で。


[432] ・・・・・・・・ 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/09(Fri) 19:43

こあらさん!あなた自身が言った、日本の韓国に対する戦後の個人補償に関する「事実」
@日本は個人補償を値切った。
A日本は個人補償を無視した。
について、私はネット上で、「日韓基本条約の公開議事録=公文書」に基づき説明されたフリー百科事典により、あなたの事実認識の誤りを指摘しましたが、これをあなたは「無責任な言説」と切り捨てています。
また、あなた自身は、「事実認識」の出典を問われ、その説明ができず、「姜尚中氏の著書を見てください」と無責任は事を言っています。

このような問題は公文書で事実を説明するのですか、それとも一評論家の言説で説明するのですか?どちらですか?

あなたの主張はいつも
@勝手な思い込み・・・事実認識がでたらめ
A誤りを認めない・・・返事に窮するとピントはずれの訳の           分からない事をいいごまかす。返事           を書かない。
B歴史解釈はサヨク特有の独善的・・・
           事実の積み重ねに基づいた事実認識           ではないから独善的

すみませんが、自分の言ったこと、やったことに責任をもてない社会人として未熟な方との意見交換は無意味ですので、これで終わりにします。同じ教師として恥ずかしいです!!
「学校を変えよう」などという提案は止めてください。とんでもないことです!!


[431] 平行線 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/09(Fri) 10:29

何度同じことを言えば良いのでしょうか。
 ネット上の言説は、日韓条約が結ばれた当時の状況と日本の思惑(冷戦下でありアメリカにとっては日本の戦争責任の謝罪と賠償よりも反共の砦としての日本と各地の軍事独裁政権との維持と自立が何よりも大切であったという状況と日本もそれに乗って過去を清算=無視し、経済的自立を図りたいという思惑)を無視して、法的に決着したとの「無責任」な言説がまかりとおっています。
 この状況と当時の日本の思惑の無視は、日本政府に由来します。
 すでに冷戦は崩壊し、反共の砦としての日本の重要性は喪失し(アメリカにとっても、アジア諸国にとっても)日本の言い分を重視する必要はなくなっています。だから冷戦下で結ばれた条約・国家間関係は見なおしの動きがつよまり、それが再度日本への賠償請求になっています。この動きは中国や北朝鮮も含めた「アジア共同体」創設への動きと連動しており(アメリカもこれを望んでいる)、そしてこれは戦後のサンフランシスコ講和条約とそれに基づいた各国との条約の見なおし・破棄・改定へと必然的に繋がっていきます。
 日本政府の立場は、失われた冷戦時の立場とアジア諸国との関係が今後も維持できるという、あまりに時代錯誤のものなのですよ。(これをネット上で流布させている右派勢力の認識も時代錯誤なわけ)。この時代の変化を認識しない限り、双方の認識が歩み寄るということは不可能であり、いつまでも平行線です。
 詳しくは、前掲の姜尚中氏の著書に簡潔かつ包括的に叙述されていますので、それを是非お読みください。


[430] 私の主張です。 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/08(Thu) 22:48

こあらさん、お忙しい中をお返事有難うございます。

さて、私は日本の韓国への戦後賠償についても「国家賠償はもちろん個人賠償も含め、全て誠実に行った」といいました。(おてもやんさん、博多っ子純情さんも同意見のように思います)。

これに対して、こあらさんは「日韓基本条約(交渉)で日本は個人賠償を値切った、もしくは無視したのは事実です」と言われました。
私と、こあらさんとの認識が180度違っているので、再度こあらさんに事実の根拠となった事が何か(出典)をお尋ねしたのです。

あなたはこれに対するお返事では、「記憶で申し上げたので、(事実として述べた)内容は記憶しているが、その出典は思い出せない」と書かれています。これではちょっと無責任に過ぎると思いますが・・・・

私の主張の出典について説明しますね

ネット上で「日韓基本条約」と検索しますと、Wikipediaというフリーの百科事典に、この条約の詳しい内容が記されています。その8項に「韓国での見直し論と条約交渉の経緯」が書かれています。その中に、こあらさんとの認識の相違点について書かれていますので、これを以下に引用します。

・・・・交渉過程では日本が「韓国の戦争被害者に対しては日本政府が個別に補償を行う」と提案したが、韓国政府が「個人への補償は韓国政府が行うので日本は韓国政府へ一括して支払って欲しい」と主張した(交渉過程は公開済み議事録に記載)。日本はその要求を承諾し、前述の記載通り経済協力金として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルを支払った(注:当時の韓国の国家予算は3,5億ドル)。この時、韓国政府はこの協力金を個人にはほとんど支給せず、自国の経済基盤確保の為に使用した。また、日本は戦前、戦時中に朝鮮半島に残した資産53億ドルを放棄することを決定した。・・・・・・

とこのように書かれています。こあらさんの主張する
@ 日本は個人賠償を値切った。
A 日本は個人賠償を無視した。

とはまったく正反対ではありませんか? こあらさん、お忙しいとは思いますが、これに対する「ご返事」をいただきたいと思います、よろしくお願いします。


[428] こまりましたね 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/07(Wed) 22:18

 銚子いちろ〜さんへ

 困りましたね、「調べる暇が無いので、記憶で申し上げる」と言ったはずですがね。10年ほど昔に勉強したことなので内容は記憶に残っていますが出典までは思い出せません。手近な蔵書にはないみたいなので。

 最近の本に、僕とほとんど同じ見解が述べられているのがありましたので、それを代りにご紹介します。
 姜尚中著「日朝関係の克服ーなぜ国交正常化交渉が必要なのか」(2003年集英社新書)。この本には日韓関係の参考書がたくさん載っているので、それを見ていけば出会えると思います。また、ネット書店で「戦後補償」のキーワードで検索してみると、10年ほど前からの出版物がたくさんあるようですので、それらから探せば出会えるのではないでしょうか。
 ご期待に沿えなくてもうしわけありませんが、仕事が立て込んでいるので、この辺で失礼します。


[427] 2度手間ですよ、こあらさん 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/06(Tue) 11:45

日本が個人賠償を「値切った」「無視した」事実について、こあらさんは「当時の状況を分析した書物にしか出てこない」と書いてますよね。当然その本の存在を知っているのでしょう!!
それは、何という本で、どのように書いてあるかを聞いていいます。”サヨク”の本でも結構ですよ、どうぞ!!


[426] 日韓条約反対闘争 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/06(Tue) 10:27

銚子いちろ〜さんへ

 日本が「値切った」「無視した」のは事実です。日韓条約が結ばれた時、双方の国で条約締結反対運動が起きたくらいです。条約本文には書かれるはずがないし、外務省もこのことについては口を噤む。だからこのことは、当時の状況を分析した書物にしか出てこない。この事実を認めようとしない右翼の書物には絶対に出てこない。でも政府は知っている。だから従軍慰安婦の訴訟の時、法的に解決と門前払いしておきながら、「民間」という形式で資金を集め、支援を行ったのですよ。
 この問題は、法律論で言えば、解決済み。だが積み残しがあるわけだから、法的に解決するには、日韓条約を破棄して、新しい条約を結んで、そこで解決する事。だが今の日本政府はそれを受け付けない。だから韓国も要求はしない。だから被害者個人が賠償請求に動くのですよ。


[425] 事実ですか? 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/06(Tue) 05:50

感情ではいっていませんよ、法治国家同士ですから、法で解決するのですよね。

こあら「(日本は)日韓基本条約で個人賠償を値切った、もしくは無視したのは事実です??その事実を認めず、法的に終わっている、とする態度が問題なのです。値切ったり無視したことのどこが誠実な補償なのでしょうか」・・・・・

日本が個人賠償を値切ったり、無視したとするこあらさんの見解についてですが、これって本当に事実ですか?どこにそんなこと書いてあります?根拠があるのですか??
初耳です。


[424] 法の問題じゃない 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/05(Mon) 22:30

銚子いちろ〜さんへ

 法的には日韓条約が結ばれたことで終わっています。しかしこの条約で個人賠償を値切った、もしくは無視したのは事実です。その事実を認めず、「法的に終わっている」とする態度が問題なのです。値切ったり無視したことのどこが「誠実な補償」なのでしょうか。「条約」という法のレベルの問題じゃない。今問題になっているのは、まさに感情のレベル。補償を値切った上に、今また侵略戦争や植民地支配をなかったとする、一部の日本人(著名な政治家も含む)の感情が問題になっており、だから何度でも日本に謝罪と補償請求がくるのですよ。
 感情のレベルだから、僕の見解を感情的に受け入れられない人には、僕が何を言っても受け付けないでしょうがね。だから討論にならないで、最後は人をけなすだけで終わる。


[423] 僕にも言わせて 投稿者:銚子いちろ〜 投稿日:2005/12/05(Mon) 19:01

こあらさん、お忙しいのにすみませんね、ちょっといいですか、千葉で教師している銚子いちろ〜といいます、

戦後賠償についてのコアラさんとおてもやんさん、博多っ子純情さんとのやりとり見ましたが、421を読んでちょっと変ですの言わせてください。社会科の先生にいうのも何ですが、条約を結ぶという事をご理解されてないのでははないですか??。
1965年日韓基本条約が結ばれましたが、それは1910年の両国の合意に基づいた日韓併合条約から1945年の間の36年間の両国の諸問題を、この条約を結んだことにより完全に解決したということですよね、この時点で個人賠償を含め全てが解決しているのです。条約にもそう書いてあります。
その時、、韓国政府が独裁政権であろうが、その後どんな政権が出来ようがまったく関係ないです。全てが終わっているのですから!!
両国間の条約はこれが破棄されない限り有効ですよ。両国内の情勢の変化なんて関係ありません。
今韓国が個人賠償は韓国政府が行うといっているのは当たり前ですよ。
また、こあらさんは、日本は人道的な立場で賠償すべきと書いてますが、戦後賠償は”国際法に基づき人道的立場”でやるのですよ、これ以上の何が必要なのですか、さっぱりわかりまへん。こあらさんの言い分は、どっちかというとオバタリアン的に感じますです!!


[422] ありがとうございました 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/01(Thu) 12:25

 takanoさん。ホームページを見ていただきありがとうございました。421にも書きましたが仕事が立て込んでいてお返事とお礼が遅くなりました。
 ブログちょっと拝見しました。とても熱心に学ばれていますね。太極拳については知らないのでなんとも言えませんが、知り合いの子供が合気道を習っていました。この武道は戦うためではなく身を守るためだそうで(ほとんどの武道が本来こうだと思います)、相手の動きや心に合わせて技を繰り出し身を守る。この稽古を通して知り合いの子は、もともと内気な子だったのですが、しっかりと人と付き合えるようにもなったし自己主張もきちんとでき、礼儀作法もさらに磨きがかかりました。
 武道を学校教育に取り入れるというのは、良いと思います。


[421] 大変失礼しました 投稿者:コアラ 投稿日:2005/12/01(Thu) 12:20

 おてもやんさん、そして博多ッ子純情さん(やっともとのネームに戻りましたね)、お返事が遅れて大変失礼しました。仕事が立て込んでいて切りのつくところまでやって、それから詳しく調べてと思っていたら、大変時間が経ってしまいました。ちょっと時間が空いたのでお返事まで。

@個人賠償
 僕が把握しているのは、韓国の従軍慰安婦問題、そして韓国・中国の強制連行の問題だけ。他にもあるだろうし、他の国にもあると思う。

A個人賠償が除外されたわけ
 詳しく調べる時間がないので、記憶でお答えします。
 おてもやんさんが調べられた時事通信の記事に、当時の韓国政府が個人賠償件数を少なく見積もったため、ほとんど賠償がされていないというものがありました。そして個人賠償は韓国政府の責任という記事も。たしかにそうですが、なぜこんなことを韓国政府がしたのか、そして交渉相手である日本(アメリカ政府も交渉の当事者です)がそれを認めたのかが問題です。答えは日韓条約が結ばれた当時の状況にあります。韓国はアメリカに支援されてできた軍事独裁政権。内外に「共産主義勢力」(北の国と、国内には民主化を求める大衆運動)を抱え、それを抑えこむには、大規模な資本投下を行って急速な経済発展を図り、資本主義のほうが豊かになれることを示す必要がありました。そこで戦時賠償をすべて、この経済開発のための資本投下と資本援助にあてたのです。そしてこのことは、日本やアメリカ政府にとっても不可欠のことだっだので認めました。
 このとき除外された個人賠償の請求が復活したのは、この軍事独裁政権が民主化運動によって倒されたあと。だから今の韓国政府には責任がないので、一方の当事者である日本国政府に請求がきているのです。ただし韓国政府は「未来を考えて」日本国政府に請求する事はしないと明言しています。あとは日本国政府が人道的立場にたってきちんと補償するかどうかです。
 中国を除くほかのアジアの政府との交渉も同じはず。すべて軍事独裁政権でしたから。
 また中国との国交回復で、個人賠償が除外されたのも同じ理由。中国は「共産党独裁」政権。北に敵国ソ連をかかえ、内には民主化要求をする大衆と少数民族がいる。これらを抑えこむには経済の急速な発展が必要。だから戦時賠償を経済発展の資本に使った。そして日本もアメリカも利害を同じくしている事は前と同じ。
 「日本は誠意をもって補償していない」というのはこういうこと。当時は双方の政府がそれで良いと判断したのです。だが個人の権利が問題となる今では、この判断は間違っていたと言わざるをえません。

B目くそ鼻くそをわらう
 これはいちいちお答えする必要ないでしょう。西欧も世界を植民地にして豊かになった。日本もまたアジアを植民地にして(一部だけど)豊かになった。どちらも強盗の類。同じ穴のムジナ。だから目くそ鼻くそを笑う。

 お二人とも私とほぼ同世代。私は今55歳。教員は辞めたけどまだ現役です。仕事に差し障るので、意見交換はこれで終わりにしましょう。では、お元気で。


[420] 最後に!! 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/12/01(Thu) 02:24

日教組に変わり、今「TOSS」という教職員の組織ができています。
全国で約1万名の会員がいるそうです。
この組織は「いかにして授業技術を向上させるか」を目標にご活躍されています。日教組のような政治活動等の違法行為を平気でやるような組織とは違い、教師本来の使命を追求しています。素晴らしいことだと思います。

さて、そのTOSS福岡の小学校女教師が、ある本から引用し、いい事を書いていましたので紹介しましょう。「しつけの3原則」です。対象は多分小学生でしょうね、実に簡明です!!
@ あいさつ
A 返事
B 後始末
この3項目です。あなた自身は、この3項目を履行していますか?
A返事 B後始末 いかがですか?

あなたのHPのタイトルは「学校を変えよう」になっています。あなたはそれを提示できるような資格があると思いますか?
私には極めてあつかましく思えます。
・・・沈黙されたというのに多少の希望はありますが・・・

 ―これがあなたへの最後のメッセージです−


[418] 太極拳を小学教科にどうだろう 投稿者:takano shinji 投稿日:2005/11/30(Wed) 08:45

門外漢がお邪魔します、HPを見せていただきました。
思いは同じでもあなたの様な才能はありません、労働に追われ気付いた時は、早70を越えてあります。
退職後太極拳に嵌まっていますが、この運動は素晴らしいです東洋の論理、倫理が型で具現出来る簡素にして奥の深いスポーツだと自負しています。勝手にお邪魔して勝手な事書き込みましたがごめんなさいね、失礼しました。

http://blog.goo.ne.jp/fancy22/


[417] コアラさん、どうしました!! 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/11/29(Tue) 02:54

11月17日、18日におてもやんさん、私の二人がコアラさんの反論に対する反論をしましたが、それ以後コアラさん返事がありません。
長く社会歴史の教員をされた方が「戦後の日本は国家賠償はしたが、個人賠償はしていない」と指摘されました。それに対して「日本は誠実に戦後賠償をした」として条約等根拠を示し反論がされたと思いますが、それからご返事がありません。もう、10日が過ぎました。
このままご返事はいただけないのですか?それとも病気か何かでご返事が書けないのですか・・・。心配しています。
それだけでもお返事いただけませんか?


[416] コアラさんお元気ですか 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/11/24(Thu) 08:12

今日は27日、もう1週間が過ぎました。


[415] コアラさんお元気ですか! 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/11/23(Wed) 22:38

今日は23日、もう5日が過ぎました。随分時が経った気がしたもので日にちを間違えました。


[414] コアラさんお元気ですか 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/11/23(Wed) 22:27

今日は27日、もう1週間が過ぎました。


[413] 有難うございました 投稿者:博多っ子純情 投稿日:2005/11/18(Fri) 07:35

「コアラさんのお返事の前に、ちょっと失礼します」

おてもやんさんへ

私はこのメール〔412〕)を見て、感動するとともに、わが身のいたらなさを反省しています。

おてもやんさんとは、戦前の歴史・戦後賠償等の歴史的事実に対する認識、また、人間としての生き方・考え方等ではほぼ一致していると思いますが、決定的に違う事がありました。それは、「後継者を育てる」という点につき、おてもやんさんには遠く及ばず、わが身のいたらなさを反省しています。

私も60歳還暦の年になりましたが、おてもやんさんのいう「飼い主を噛む」とか「恩を仇で返す」というタイプの人間には、「人間的に許せない」という感情の方が先に立ち、「無知な人に教える・諭す」あるいは「後継者を育てる」という「ひろい心」が欠けていたなあと反省しています。
そのためには、しっかりとした人生観、倫理観、知識も必要だと思います。

また、おてもやんさんがコアラさんに薦められた「武士道」という本、私も以前ある方に薦められ読んだ事があります。もう一度読み直して見たいと思います。

このサイトで意見交換した事を始め、他の多くの事で、有史から戦前を生きてこられた方は、歴史事実の誤認・歪曲等で多くの批判を受けています。
しかし、私達日本人は今、世界的規模で見れば恵まれすぎるほど、恵まれた環境で生活できているという現実があります。それは、先人たちの努力の結果に他なりません。それに対する先祖に対する素直な感謝の気持ちを持ちたいと思います。微力ですが「全うな日本」になるべく、今後も努力を払いたいと思います。

お仕事お忙しい中、色々と本当に有難うございました。
おてもやんさん、また、どこかのサイトでお逢いしましょう。お元気で!!


[412] 個人賠償のご返事を 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/17(Thu) 22:34

コアラさん!
「戦後賠償」で、辞書を引かれたとのこと。私は言葉の解釈を求めていませんよ。貴方の考えを聞いています。もう一度たずねます。よく読んでください。
1【409】から
 戦後賠償は、国家間はもとより個人も含め完全に終了していると認識しています。
コアラさんは、「個人賠償は終了していない」と言われました。
だからお尋ねしているのです。[日韓基本条約][日中平和条約][講和条約]またアジア諸国への賠償や経済協力を見ても個人賠償の必要性がわかりませんから。
再度お尋ねします。
「どこの国との個人賠償で、その根拠は、どのような事案で、どのような謝罪・賠償方法」ですか。この返事は、まだ頂いていません。

2、【409】で、【どの国よりも誠実】という発言で、その「どの国」とは何処の国を指しているのでしょうか。】とのコアラさんの質問でした。
それで、「欧米諸国が、500年に及ぶアジア・アフリカ侵略・植民地についてどのような謝罪賠償をしましたか」。また「アメリカが、広島・長崎原爆投下や奴隷制度でどのような賠償・謝罪をしましたか」と、答えました。
 そしたら「・・どちらが、より誠実かをくらべても意味がない・・・・比較の問題でない・・・」との返事。
「日本は、どの国より誠実ですか」と。貴方が「比較論」を持ち出したのではありませんか。
それを言葉に窮して?「・・・比較論の問題ではない・・・」と。どう言う事ですか。
何故日本の賠償・補償の事実を素直に認めないのですか。承知されていると思いながら、賠償・補償の状況を末尾に添付します。

3、それからもう一つ。
【・・・どっちも誠実ではないのだ。「目くそ鼻くそをわらう」の類だ。・・・】とはどういう意味ですか。
  日本の誠実な履行状況、先人や先輩の努力を、どうしても認めたくないのですね。色眼鏡もいいですが、物事は素直に見ましょうや。コアラさん!!
戦後賠償・補償・謝罪を論ずるなら、ODA支援、日本が接収された公私の在外資産も考慮して下さい。在外資産の参考も添付します。

少々感情論に入ります。あしからず。
  私が安田講堂事件の後、赤門をくぐった仲間に「T」と言う者がいました。「T」は公務員になり、今は相当な地位にいます。学生時代から、ことあるごとに国家を批判し、友人や後輩に自分の考え(思想)を植付け得意になっていました。われわれ民間会社員と違い「親方日の丸」ですから。最大の恩恵を「国」から受け「国」を批判する。    日本が批判される時は、「日本人でありながら、共同体の外に立ち、自らも批判に加わる」、褒められる時は「共同体にドップリとつかって得意気になる」。対岸の火事的立場。ご都合主義の典型ですよネ。【T君】は、もうすぐ退職して、終生「国から最大の年金」を受け取るのですから。よく言いますよね。こういう人を、「飼主を噛む」とか「恩を仇で返す」とか。でも寂しいものですョ。今では、誰も「T」とは話したがらないし、同窓会でも一人孤独ですから。

私も、仕事が忙しくて長居も出来ませんが、是非【個人賠償・謝罪】と【目クソ鼻クソ】論を教えて下さい。メールでも結構ですよ、登録されていると思いますので。もう一度位このネットを開きます。回答を楽しみにして。
最後に、明治の名著、新渡戸稲造の【武士道】を推薦します(無駄とはおもいますが)。貴方の孤独と経歴の葛藤を少しでも癒し、日本人としての燭光を与えてくれるかもしれませんが(?)。色メガネをはずして読めばのことですがネ。 そう一蹴しないで、試してみてはいかがです、コアラさん!!また肩肘張らんで、元気で頑張ってくださいョ。東京で会えると面白いですね。ご苦労さんでした。
後は【博多ッ子】サンと「日教組しっかりせん会」サンにお任せします。

【補足・・・蛇足ながら】
▼日本が実施した戦後賠償(単位は億円)
賠償 準賠償 各種請求権
ビルマ(ミャンマー) 720.000 612.000 -
スイス - - 12.0000
平和条約16条 - - 45.0000
タイ - 96.000 54.0000
デンマーク - - 7.2300
オランダ - - 36.0000
フィリピン 1980.000 - -
スペイン - - 19.8000
フランス - - 16.7280
スウェーデン - - 5.0500
インドネシア 803.088 636.876 -
ラオス - 10.000 -
カンボジア - 15.000 -
南ベトナム - 15.000 -
イタリア - - 8.3305
英国 - 1080.000 -
ギリシャ - - 0.5823
オーストリア - - 0.0601
シンガポール - 29.400 -
ミクロネシア - 18.000 -
北ベトナム - 85.000 -
ベトナム - 50.000 -
アルゼンチン - - 0.8316
モンゴル - 50.000 -
補償総額 6565億9295万円
在外資産の喪失 3794億9900万円
中間賠償 1億6516万円
合 計 1兆362億5711万円
※国立国会図書館外交防衛課作成の資料(借款は除外)

【日韓基本条約(要旨)】
第一条【略】  
第二条
1 両締約国は,両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が,千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
日韓条約交渉文書、一部を初公開=韓国での個人補償問題に影響も
韓国外交通商省は17日、1965年の日韓基本条約締結に向けた交渉の外交文書の一部を一般公開した。今年は条約締結40周年だが、関連外交文書の公開は日韓で初めて。この中で、韓国側が当初、日本への被徴用者数を約103万人として賠償要求額を算定したことが裏付けられた。韓国政府は対日請求権放棄と引き換えに得た経済協力資金の大半を経済再建に充て、個人補償はほとんど行っておらず、今後、同政府への補償要求が強まりそうだ。(時事通信2005-01-17)

日本植民地支配の徴用 「韓国政府が個人補償」 外交文書
http://www.geocities.jp/nanking1937_matsuo/news/050117_10.html
今回の外交文書の公開によって確認された重要事項
・個人の対日請求権の消滅
・個人補償については「韓国政府が義務を負う」
GHQの集計によると、日本の政府や軍、法人、個人などが朝鮮半島に残してきた資産は59.4億ドル(当時の日本円で891億円)に上り、総合卸売物価指数で現在の価格に換算すると16兆9290億円。
 その内、日本が韓国に残してきた資産は8兆1500億円。韓国政府が1949年3月に米国務省に提出した「対日賠償要求調書」によると、金や美術品など現物返還要求分を除いた要求総額は314億円(1ドル=15円)で、現在の価値に換算すると5兆9600億円。(北朝鮮地域の財産も一部含めた額)
 8兆1500億円−5兆9600億円=2兆1900億円。
請求権を行使してしまうと韓国側が2兆1900億円も支払い超過になってしまう。
ちなみに朝鮮半島に残してきた個人資産は4兆9000億円。

日中共同声明(1972.9.2)
第5条 中華人民共和国は、中日両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを確認する。

長くなりすぎて、すみまっせん。  おげんきで!!


[411] 進歩した?進歩してない? 投稿者:日教組しっかりせん会 投稿日:2005/11/17(Thu) 08:02

日教組左派として活躍し、生まれ、育った国を”敵”としてきたあなたが、「外務省ホームページで確認できる」といいました。失礼ですが、だいぶ”進歩した”と思いますよ。

そうですね国(外務省)は言った事に責任がありますからね。日教組とか、コアラさんとの違いでしょうね!!

今後はこの外務省の見解を中心に、この賠償問題を話し合いましょう。これでいいのですね、コアラさん!!

次です、
コアラ「確かに欧米はまったく補償をしてないのだから、これに比べれば日本は誠実に違いない」・・といいながら、後の文章では「どっちも誠実ではない」???。「戦後賠償問題がどっちも誠実ではない」という意味ですよね?
欧米は「賠償をしていない」、日本は「賠償をした」のですよ。「どっちも誠実ではない」というのは明らかな矛盾でしょう。”目くそ、鼻くそを笑う”ではないでしょう!!

支離滅裂でしょう。大丈夫ですか、コアラさん!!

あなたが言う「日本は個人賠償問題を放置した」は次回にしましょう。


[410] 戦後補償 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/16(Wed) 12:55

 戦後補償と言う問題について、辞書を引いてみました。こうありました(小学館「日本大百科全書」)

■引用:戦後補償:戦争時に生じた被害に対して国際法上の賠償請求権とは別に補償を行うこと。日本の場合、第二次世界大戦時、アジア諸国への侵略に際して与えた各種の損害に対して、戦後、政府間の賠償問題はサンフランシスコ条約で決着をつけたとしているが、国交のなかった朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する補償のほか、従軍慰安婦や被爆者といった個人の次元における補償はいまだ積み残されたままになっており、アジア諸国から批判を集めている。

 政府は当該国との条約で終結としていますが(外務省のホームページで確認できる)、従軍慰安婦や被爆者、そして強制連行の被害者など、近年訴訟があいついでいる問題です。

 おてもやんさんは、欧米などの植民地支配の問題とくらべて「日本はどの国よりも誠実」とされています。たしかに欧米はまったく補償していないのだから、これと比べれば「誠実」には違いがない。だが、世界を植民地にして豊かになり、常に戦勝国であって未だに世界を支配している欧米と、敗戦国である日本を比べて、どちらがより誠実かをくらべても意味がないと思う。どっちも誠実ではないのだ。「目くそ鼻くそをわらう」の類だ。これは比較の問題ではありません。

 補償の問題は「あげたい」とか「あげたくない」とか言うものではないですよ。「日教組しっかりせん会」さん。


[409] 個人賠償は 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/16(Wed) 10:02

コアラさん

1、 戦後賠償は、国家間はもとより個人も含め完全に終了していると認識しています。
コアラさんは、「個人賠償は終了していない」と言われました。
だからお尋ねしているのです。[日韓基本条約][日中平和条約][講和条約]またアジア諸国への賠償や経済協力を見てもわかりませんから。
再度お尋ねします。
「どこの国との個人賠償で、根拠は、どのような事案、どのような謝罪・賠償方法]ですか。
それを、「あなたが、調べてください」とはないですよ。コアラさん。
2、『「どの国よりも誠実」という、どの国とは何処の国を指しているのでしょうか。』とのコアラさんの質問ですが、
 「欧米諸国が、500年に及ぶアジア・アフリカ侵略・植民地についてどのような謝罪賠償をしましたか」。また「アメリカが、広島・長崎原爆投下や奴隷制度でどのような賠償・謝罪をしましたか。」
「どの国」とは、これら欧米諸国を言っていますが。違いますか。

3、「日教組しっかりせん会」さん。
どんどん、加入してくださいよ。おおいに意見を言ってください。コアラさんが元教員であろうが、日教組であったろうが。どこかの国の人であろうが。
日本には、言論統制も検閲もありませんから。
このネットは全国の人が見ているとおもいますよ。


私は、仕事を持って折、何時までも付き合ってもおれませんのが。コアラさん。質問の件、よろしくお願いしますよ。


[408] きちんと理解しよう 投稿者:日教組しっかりせん会 投稿日:2005/11/15(Tue) 21:15

私が言ったのは「あなたと、おてもやんさんのやりとり事」ではありません。「私とあなたのやりとりの事」です。ちゃんと今までの事を読んでくださいね、理解できるはずですから!!

それより僕が聞きたかったのは、後段の方です。国民の血税で払ってきたのに、どうしてそんなに他国にお金をあげたいのですか?という方です。

おてもやんさん、この問題、私にも割り込ませてください。このような無知な元公務員・教師の日本人がいることが、私には許せません。


[407] きちんと読もう 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/15(Tue) 17:29

「矛盾をしてきされると居直る」のではなく、読まれているあなたの理解不足だけですよ。
 私は最初から「国家が国家にする賠償だけではなく、個人にする賠償が問われているのではないか」と言っている。それをおてもやんさんが再度、「何時、何処の国に・・・」と聞いてくるから、こちらも再び「個人への賠償が必要」とのべただけ。
 あいかわらず、気に入らない相手の言葉には、きちんと目を通さないのですね。博多ッ子純情さん。


[406] 戦後個人賠償? 投稿者:日教組しっかりせん会 投稿日:2005/11/15(Tue) 17:13

コアラさん、あなたは、一度書いた事の矛盾を指摘されると、へ理屈をつけて、それを「そうではなかった」と前言を翻す”くせ=無責任”があるので、もう一度確認するよ。
日本は、戦後賠償について、「国と国の間においてだけ行ったが、個人賠償は放置した。どの国に対しても謝罪・賠償が必要なのです」、これでいいのかな!!それにしても、あなたは日本のお金を他国にやることが好きな人だね。日本は1000兆円もの借金をかかえているのにね。そんなに払いたければ、あなたが払えばと思うね!!自分達のお金という認識はあるんだろうね、元公務員さん、大丈夫!!


[405] 謝罪と賠償 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/14(Mon) 23:01

賠償について

>私は、「日本の、戦後賠償なり補償は完全に終了しており、日本はどの国よりも誠実に履行した」と認識しています。

 おてもやんさんがおっしゃるとおり、戦後賠償・保障は完全に終了していますよ。ただしそれは国と国との関係においてだけ。
 個人に対する賠償は、当該国の政府の問題として除外された(除外された事情についてはぜひお調べください)。
 くり返しになりますが、だから「390」で述べたように、この個人に対する賠償が放置された。
 この点で謝罪と賠償が必要なのですよ。どの国に対しても。

 ところで「どの国よりも誠実」という、どの国とは何処の国を指しているのでしょうか。


[404] Re[390]: 侵略と謝罪について 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/14(Mon) 16:51

> おてもやん、さんへ。
>
> @インドを侵略したということについて
>
>  私が「日本がインドを植民地にした」と発言したと言うご指摘は、誤解ですよ。文章に書き方があいまいだったので、そう受け取られたのだと思います。
>  インドは東京裁判に戦勝国の一つとして参加しましたが、その基本的立場は、「イギリスによって植民地にされてきた」という立場に立って、同じくアジアを植民地にしようとした日本を裁くという立場だったという意味。日本はインドに攻め込もうとして失敗しているのですから。
>
> A中国を侵略した件
>
>  もちろん盧溝橋事件を切っ掛けとする日中戦争全体。
>
> B満州帝国の成立について
>
>  旧清朝皇帝が国家再建の意図を持っていたことも事実ですし、それを日本軍が利用して満州国を建国したのも事実です。どちらか一方が原因と言うわけではない。あそこで旧清朝王族の復興運動がなけれが満州国はできなかったのですから。
>
> C日本が謝罪しなければ行けない理由
>
>  『植民地の意義は、「本国と隷属・主従関係での経済活動を言う」でいかがでしょうか。この意義では台湾、朝鮮は日本の植民地であったでしょうネ』というあなたの言葉で謝罪の理由は尽くされています。中国は侵略の謝罪になります。
>  でも基本的に戦後の諸条約で謝罪し賠償しているとおっしゃるかもしれませんが、今問われているのは、国家が国家に謝罪・賠償するだけではなく、国家が戦争被害・植民地被害にあった個人に謝罪・保障するということではないですか?。政府はこれを法理論で退けますが、これは法理論の問題ではなく、個人の人権の問題・個人の尊厳の問題、個人の感情の問題だと思います。
> 11、14)
 博多ッ子純情さん。ご苦労さんでした。少し見ていましたが、言葉の遊びでなく、現実的な論争がいいですね。博多ッ子さんとは意見が合いそうで、またどこかで会えるといいですね。 
ところでコアラさん。
【390】で
先の「・・・・インド・中国のように侵略された立場で日本を裁く・・」は、解釈によっては、誤解のようでもありますが。誤解を与えるような文章でもありますよ。文面に出てくるのは「侵略」「植民地」「日本」であり、「イギリスの」名前は一度も出てきませんし。
よく読まないと「日本が、中国・インドも侵略・植民地にしていた。だから裁かれた」と思い込むような文章ですよ。上手ですね。
ところで、
「・・・・日本は謝罪しなければならない・・・・」と、言われていますが。【国の戦後補償は終了していないから、「謝罪」しなければならない】との意味ですか。政府の意見でなく、貴方の意見を教えて下さい。  
戦後賠償・補償が終っていないのは、『何処の国とのことなのか。』『その根拠』と、
『誰が、 何を、 なぜ、 いつまで、 どのように』謝罪するのですか。 具体的に、是非教示してください。 私も調べたいと思いますから。

私は、「日本の、戦後賠償なり補償は完全に終了しており、日本はどの国よりも誠実に履行した」と認識しています。


[403] お疲れさま 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/13(Sun) 17:34

博多ッ子純情さん。お疲れ様でした。
 なかなか有意義な意見交換でしたよ(討論にはなっていない)。おかげで僕の頭の中もすっきり整理されました。
 かつて左翼は、イデオロギーに基づくドグマで物を見ていたので、現実や歴史的事実が見えずにいたため、大衆的支持も失って解体しましたが、イデオロギーが先にあり、ドグマで物をみると何にも見えなくなるのは左翼だけではないことを改めて認識しました。
 興味深い意見交換でした。ではまた、いづれどこかで。


[402] おてもやんさんへ 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/13(Sun) 10:22

始めまして、おてもやんさん!!歴史認識問題は「おてもやんさん」に任せ切りになり、すみません。私の知らない歴史的な事を多く知ってあり、参考になりました。盧溝橋事件についてのコアラさんの説明を楽しみにしています。イデオロギーが先にあり、それに歴史的事実をかぶせるととんでもない結果になりますね、また、どこか楽しいサイトでお会いしましょう。お先に失礼します。


[401] トラ・ライオンがインターネットでHPを開きましたよ・ 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/13(Sun) 10:03

心の教育について、いい情報がないかなと思い、探していたら「心の教育いらない市民会議」というのがでてきました。私はついにトラが進化し、人間に近づいたかと思い、直ぐ開きました。ところがこれ人間が作ったHPで、がっかりでした。
しかもこれは、生徒の教育の中心になるべき教師集団(=多分主張からすれば日教組活動家でしょう=推定)でした。
私は色々とあなたと意見の交換をしてきましたが、まったく理解できない事ばかりでした。
あなたは「歴史認識問題」のみの意見が相違しているといいましたが、私は全部納得できませんでした。しかしこの教師集団HPを見て、疑問が解消しました。
本当は教育界、学校、教師に今後のお願いを最後に書こうと思っていましたが、余りに多くて以下のことのみにしようと思います。

@日教組教育界は、常識的な日本人には理解できない異常社 会です。
A教師採用にあたっては、大学新卒者を採用しない。
 社会を経験すれば「なぜ学ぶか」「なぜ職に就くか」直ぐ 分かります。
 イデオロギーという言葉の遊びと現実の違いが分かります
B日教組教師は違法行為である、政治活動、政党支持等を一 切やめ教師本来の生徒への知識・人間教育に全力を注ぎな さい。本意は“転向”は無理だと思うので辞職して欲しい と思っています。
C今の日本の社会の道徳的荒廃は、日教組が国を悪として、 国(国民の意思の総意)のやることに何でも反対し「教育 をしなかった当然の結果」です。
 政治についても教育についても、日教組より国がやってき たこと、いってきたことが、はるかに歴史的にも、人間と しても正しかったですね。(もちろん国にも山ほど矛盾は あるけどね!!それは我々が改善していきます)
D日教組教師は日本人であり、ソ連人でも北朝鮮人でも中国 人でもありません。自分がどこの国に生まれ、どれだけ彼 の国より恵まれてたところで生活しているかという現実を 知り、先人たちに感謝の気持ちを持って欲しいと思いま  す。
Eコアラさん失礼ですが、このHPには種々雑多な事が書いて あり、焦点が定まっていません、「学校を変えよう」ではな く「日教組を変えよう」にしませんか?そしたら訪問者も 増えると思います。 

以上です。長い事お世話になりました。健さん・・ではなくコアラさんお元気で!!


[398] 日教組について 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/12(Sat) 11:38

お答えする前に。日教組の大衆と活動家をきちんと区別してください。構成員の大半は右派でも左派でもない。労働組合は、労働者の権利を守るためにあるのだから、大多数の組合員は、組合は大事だと言う考えで加盟しているだけ。その組合が自分たちを守ってくれない・自分たちの利害にあわないと考えれば脱退する。活動家の大半が右派で、活動家の少数派が左派だったわけ。

@左派と右派の違い
 左派指導部・活動家は「社会主義」を理想とする。しかしどんな教育を目指すかの具体像はあいまいで、行動は政治主義。政治課題に敏感に動くだけ。右派指導部・活動家は、「資本主義を是として文部省・教委と連携して良い待遇を得ようとする」。だから組合を上り詰めたあとは、校長か教委の幹部になる。私の所属した県教組・市教組は日教組右派。右派の牙城。私自身は左派。

A左派が主導権を握ったわけ
 左派が主導権を握っていたのは、1957〜58年頃の勤務評定阻止闘争まで。それ以後は右派が主導権を握る。でも右派も左派色を完全に払拭したのは60年代半ば。50年代は保守・革新が伯仲して、労働者の多数は革新。つまり戦争はもういやという雰囲気。60年代以後はこれが徐々に変わり、労働者も現状追認・出世主義になる。このため革新は退潮。議会でも3分の1くらいに。これを背景に日教組でも右派が主導権を握る。しかし右派も一応社会党支持で、言葉だけは「社会主義」を掲げ、「革新」を標榜。だから、70年代後半に再び文部省が君が代・日の丸を義務化し、主任などの管理職を置く動きに出たときは、右派も反発。しかし国家的に政策的に憲法改正・普通の国家にという動きが主流と分かってからは、右派は明確に左派色をすて、文部省と戦うことはやめた。左派のみそれから約30年、ほそぼそと戦い続けているが、組合員も減り、風前の灯火。

B支持政党

 社会党が分裂するまでは日教組の支持政党は右派左派ともに社会党。社会党が分裂してからは、右派は社会党右派が合流した新生党・新進党、今は民主党支持。左派は社会党、そして名称を変えたのちは社民党支持。
 共産党支持の組合は左派のごく一部。しかも日教組が総評をやめて連合に入った89年に共産党支持の組合は日教組を脱退。全教という共産党支持の全国組織を作る。

C日の丸・君が代闘争
 右派はやらない。むしろ職場実態としては、積極的に賛成する。右派教組の中で、左派が強い分会(学校)・個人はやった。社会主義うんぬんのことは、@で回答済み。

D日教組とのつながり
 退職した人間にはもうつながりはない。

E「学校をかえよう」の目標
 あなたが読まれた、僕の「日の丸・君が代闘争批判」でも明らか。日教組、とりわけ左派の運動の間違いを反省した上で、どうするかを考えたもの。

F社会主義をめざすということ
 日教組は大衆団体。大衆団体が社会主義を目標に掲げることはありえない。掲げていたのは活動家集団だけ。それも真に目指していたのは左派だけ。その左派もソ連邦崩壊以後は、目標が崩壊して右往左往している。

 以上、これでご理解いただけますか?。


[397] 追加質問です 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/12(Sat) 02:35

Dあなたは現在、日教組との繋がりはあるのですか
E「学校を変えよう」というのは、「日教組により学校を変 えよう」としているのですか
F戦後からソ連崩壊までは、日教組全体として、社会主義を めざしていたのではないですか


[396] ご質問です 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/12(Sat) 02:15

あなたからのご返事への疑問について、次のことについて簡潔に教えて下さい。

@あなたは日教組左派でしたか、右派でしたか?その違いは何ですか
Aあなたの日教組内部の説明では、構成員は右派が大多数で、左派はごく少数といっています。しかし、政治活動をやったのはほとんど左派がやったといっています。 何故ごく少数派が主導権を握っていたのですか
B日教組の支持政党は旧社会党時代は社会党、その後社民党ですか。これは今も変わらないのですか?共産党とは関係ないのですか?
C日教組は日の丸・君が代反対運動をやってきましたが、あなたはこの運動を行いましたか、右派はこの運動をしなかったのですか?また社会主義をめざしたのは左派だけで、右派はめざさなかったのですか?あなたはどうでしたか


[395] ステレオタイプ 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/11(Fri) 22:43

394に書かれた日教組の姿は、あまりにステレオタイプで、ほとんど実態を示していません。
 そこに書かれた「社会主義」を信奉していたのは、社会党(社民党)なら、その一部でしかない社会主義協会派の人だけ。社会党(社民党)も内部は複雑で、左派は「社会主義者」だけど、中間派と右派は、資本主義を「是」とする改良主義者。そしてこの人々が党の多数だったので、この人たちが分裂して今の民主党に行ってしまうと、社民党は極少数になり、社会主義協会の人たちの大部分も社民党から脱退して「新社会党」を作ったので、今の社民党は社会主義とは無縁なわけ。
 日教組は組合。大衆団体。だから「社会主義者」なのはそのほんの一部の活動家だけ。それも日教組左派の組合にはちょっと多い(でも数的には極少数)けど、右派の組合(これが日教組の絶対多数)の指導部は、改良主義者なので文部省や校長とも協調する。日教組左派が総崩れになっている今日の日教組は右派主体なので、文部省や校長とも仲が良い。
 それに、教壇でアジテーションをしていた人はほんの一握り(今日、不適格教師と呼ばれている)。大部分は普通の教師。だから左派の組合(たとえば共産党系が執行部を握っていた東京)が1989年に共産党系と社会党系に分裂した時、大多数の教師は双方の組合を脱退した。今や東京では旧社会党系の日教組に残っている教師は少ないし、共産党系の組合に残っている人も少ない。

 でも普通の教師である大部分の日教組組合員が道徳教育を拒否(無視ではなく拒否)したのは、別に社会主義を信奉していたからではなく、戦争につながるものだと判断したから。
 若いあなたには理解できないでしょうね。再び戦争になるかもしれないと恐れ怒った1950年代から60年代初頭の日本の庶民の心は。
 
 


[394] 日教組って何ですか? 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/11(Fri) 14:50

まあ、あなたの意見は意見として聞きますが、本音の所は
下記のような政治団体だから、「道徳教育」などやらなかったんではないですか?(インターネットで日教組とは?と入力したら、次のものがでてきました)コアラさん、如何ですか?間違っていたら教えてください。

花子:「“日教組”って何ですか?」

先生A(非組合員):「教師の多くは学校で働く“労働者”であることを自認。科学的・真理に立って行動し、団結して正しい政治の為に闘うことを標榜する“社会主義イデオロギー”を信奉する“政治団体(社民党)”に属している。真理ならぬ科学的真理“マルクス主義”の共産主義社会実現の為に“国家と敵対”し、教育基本法8条2項が禁じるところの“特定の政党を支持”し、又はこれに反対するための“政治教育”その他“政治的活動”を白昼堂々と“教育の現場”で“子供達を巻き込みながら”行ってきた教師の集団です」。

京子:「“教師”及び“教師集団”が社会主義イデオロギーに基づいた“偏向教育の主人公”であることが判明した訳ですね」

先生B(組合員):「恥ずかしながら、そういうことです」

花子:「社民党(旧社会党)とはどんな政党ですか?」

先生A:「「簡単に言うと旧ソ連、中共、北朝鮮を祖国と考え、旧ソ・中共・北朝鮮の共産主義侵略軍と呼応して“日本の社会主義革命”を目論む売国政党です」。

花子:「旧ソ連・中共・北朝鮮のどこが良いのでしょうか」

京子:「社民党は民族の誇りとか自由をどう考えているのでしょうか」

太郎:「そんなことを考える政党じゃないよ。真っ直ぐ考えることのできないひねくれ者で、ひたすら革命し易いように日本の“混乱”“停滞”“弱体化”を願う、ブッシュ流に言うと“邪悪な精神の持ち主”だよ。革命の為なら日本が中共・旧ソ・北朝鮮の”“奴隷”になっても良いと考えている、とんでもない連中だよ」

先生A:「太郎君、鋭い。よく勉強しているね!」

次郎:「北朝鮮や中共を民主主義の国と“強弁”していますね」

太郎:「歴史・伝統を重んじる“自由主義的民主主義”と、歴史・伝統を否定する“平等主義的・全体主義的民主主義”の違いに“騙されない”ことだね。それに後者はしばしば“暴民”を産んで“残忍”だよ」

次郎:「歴史・伝統を否定するだけではないよ。国民が選び、国民の総意を代表している政府の方針にことごとく反対を唱えていますよ」

先生B:「二人とも、実によく勉強しているね」

京子:「政府だけでなく校長、教育委員会の方針等にもことごとく反対しています」

花子:「国民のことなんかどうでも良い、“反日の日本人”集団なのよ」

京子:「日本人の“拉致問題”とか北朝鮮の人々の“亡命問題”で北朝鮮の真実の情報も入るようになって来ているので国民は騙されないでしょう」

教頭:「今までは秘密主義でなかなか実態が解からなかったからね」

校長:「独裁者が国民を如何に悲惨な眼に追いやるかは、“スターリン”“毛沢東”“ポル・ポト”“金日成・正日親子”で学んできているからね」

花子:「先生方も日教組なんか脱退したらどうですか?」


[393] 全体としての戦前回帰 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/11(Fri) 12:34

道徳のどの徳目がいけないということではない。
 384・385に説明したように、憲法改正(9条廃止・象徴天皇制から天皇主権へ)と教育基本法改正・教育委員会の任命制・学習指導要領の制定・教科書検定・勤務評定の制定・校長の組合活動禁止・公務員の政治活動禁止・警職法改正・破防法制定・再軍備・小選挙区制の復活、という一連の動きの一つとして道徳教育の義務化がなされたので、全体として戦前の軍国主義への回帰と受け取られたのです。しかもこれが1950年に始まる朝鮮戦争と、今すぐにでも起きそうに考えられていたアメリカとソ連の戦争の危機の真っ最中になされました。
 そしてこれをなそうとしたのが戦争犯罪者とされた鳩山・岸良首相だったから、もう2度と戦争する時代にはなりたくないと判断したのです。
 このため1950年から60年の一連の「反動化阻止」の大衆運動が起き、そのため岸内閣は倒れ、池田内閣が成立し、池田首相は「低姿勢」路線=国民を刺激しない路線をとったので、憲法改正・教育基本法改正・小選挙区制の復活は見送られ、道徳教育も棚上げ、実施されずじまいになったのです。
 どの徳目が間違いと言う問題ではありません。また道徳教育を30年棚上げしたことを「文部省にも道徳教育の指針がない」と表現しました。反動化と受け取られて、国民を納得させて実施させる指針や方法が立たなかったのですから。


[392] (無題) 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/10(Thu) 23:22

昭和33年に道徳教育が義務化されたのは「自明の事」のはずですよね。教師であるあなたが「文科省には道徳教育の指針ががなかった」などというから、本論から離れた無駄な事になりました。
私は教育界には素人なので、「責任」を持って簡潔に答えてくださいね。

それで日教組が、この道徳教育をやらなかった理由として「戦前への回帰」と書いてあります。
 日教組は、文科省が示した道徳のどの項目が「戦前への回帰」と考えのですか?具体的に項目を指摘してください。
そしてその理由を教えてください。
私にはどの項目も「普遍の道徳」に思えるのですがね

「戦前のどこが悪かったのか」となると歴史認識問題になりますのでこれは、「おてもやんさん」と「コアラさん」の討論にまかせます。


[391] 道徳教育が無視された理由 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/10(Thu) 15:22

 博多ッ子純情さんへ。ちゃんと答えてますよ。再論します。

○道徳教育の法的根拠とそれが無視された理由

 1958年に学習指導要領で道徳教育が義務化されたことは自明のこと。ただこれを無視したのは、日教組だけではなく、文部省自身も棚上げにした。理由は384と385で説明しました。
 国も一時棚上げしたし、国民も重要とは思わなかった。だから日教組もそれに依拠して無視し、何もしなかった。ということです。


[390] 侵略と謝罪について 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/10(Thu) 15:16

おてもやん、さんへ。

@インドを侵略したということについて

 私が「日本がインドを植民地にした」と発言したと言うご指摘は、誤解ですよ。文章に書き方があいまいだったので、そう受け取られたのだと思います。
 インドは東京裁判に戦勝国の一つとして参加しましたが、その基本的立場は、「イギリスによって植民地にされてきた」という立場に立って、同じくアジアを植民地にしようとした日本を裁くという立場だったという意味。日本はインドに攻め込もうとして失敗しているのですから。

A中国を侵略した件

 もちろん盧溝橋事件を切っ掛けとする日中戦争全体。

B満州帝国の成立について

 旧清朝皇帝が国家再建の意図を持っていたことも事実ですし、それを日本軍が利用して満州国を建国したのも事実です。どちらか一方が原因と言うわけではない。あそこで旧清朝王族の復興運動がなけれが満州国はできなかったのですから。

C日本が謝罪しなければ行けない理由

 『植民地の意義は、「本国と隷属・主従関係での経済活動を言う」でいかがでしょうか。この意義では台湾、朝鮮は日本の植民地であったでしょうネ』というあなたの言葉で謝罪の理由は尽くされています。中国は侵略の謝罪になります。
 でも基本的に戦後の諸条約で謝罪し賠償しているとおっしゃるかもしれませんが、今問われているのは、国家が国家に謝罪・賠償するだけではなく、国家が戦争被害・植民地被害にあった個人に謝罪・保障するということではないですか?。政府はこれを法理論で退けますが、これは法理論の問題ではなく、個人の人権の問題・個人の尊厳の問題、個人の感情の問題だと思います。


[389] 質問の説明 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/10(Thu) 11:35

これは重要な問題ですので今までの事を整理しましょう!!

私はあなたに「日教組はどのような道徳教育をしてきたのですか?」と聞きました。
それに対してあなたは「道徳教育をしてこなかった」といい、また道徳教育の指針については、「日教組にも文科省にもなかった」と書いています。
これで、私が問題だと思ったのは、日教組ではなく文科省の方です。
文科省は学校生徒の教育について「全責任」を持って、教育行政をやっています。
その文科省が、道徳教育について指針を示していないのであれば、日教組としても「道徳教育」をする法的根拠がないわけで、道徳教育をしなかったといっても何等問題ないわけです。
しかし、文科省が指針を示したのにもかかわらず、「日教組が道徳教育をしなかった」となると日教組の問題となる。それで道徳教育の「法的根拠」を調べたのです
(日本は法治国家ですから)。
その結果、昭和33年に学習指導要領に「道徳」が入り、数度にわたり改訂され、現在も義務化されていることが分かりました。
それをうけ、あなたに再度「あなたは文科省には道徳教育の指針はなかったと書いていますが、国(文科省)はちゃんと学習指導要領で明快に「道徳教育」について指針を示しています。これを知らなかったのは、あなたの無知ではありませんか?とお尋ねした次第です。  

これに対して、あなたが書いた解答のAの3つ目には
 @教科書による道徳教育は効果が無い
 Aコアラさんが実践した道徳教育のやり方
 B道徳教育の難しさ
 C解決策?
 D教師が道徳教育をする上での問題点
これは道徳教育を行うにあたって諸問題・解決策等です。

私がお聞きしているのは、あなたが道徳教育の法的根拠・内容も知らないというのは
●あなたは(日教組)は、人間教育の原点となる道徳教育を、国(文科省=国民)の意思に反してやらなかったのではないですか?
●道徳教育を軽視・無視してきたのではないか?
と問うています。私は質問に答えてないと思いますが、いかがですか?

それから、学習指導要領の改訂について、あなたからのご指摘を受け、文科省に問い合わせをしています。おって連絡します。ただし、これはあまりこの問題からすれば意味がないと思います。法的根拠があったか、なかったかが分かればいいのですから!!


[388] インドを侵略した時は? 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/09(Wed) 22:13

コアラさん。博多ッ子純情さんと白熱の論争見ています。
やっぱり博多ッ子さんの言われるように、具体的な意見が説得力ありますね。
でも、そちらの方は余り関心ありませんが。忙しくなりましたですね!コアラさん!!

ところで私のことですが、
[11月4日(金)[374]資本主義と大東亜戦争など]で、コアラさんから次のような意見でした。
[B「大東亜戦争」について
 「大東亜戦争」は、・・・・・・・・・・・・・・・
  だから東京裁判は、アメリカ・イギリス・フランスという戦勝国が主導したという   意味では、彼の国々の戦争責任を棚上げにした不当なものです。でも中国やインドなど、侵略されて植民地にされた国の立場から見れば、・・・・・・・・・・・
 でも日本が西欧やアメリカの犯罪を糾弾するためにも、日本自身がやってしまった(やるしか方法がなかったことは確かですが)侵略と植民地支配を謝罪することが必要ですし、・・・・・・・・・・・・必要だと思っています。 ]

それで、11月5日[381]号で
「中国・インドを侵略し植民地にしたのは、何時のことか具体的に教えてください」

と質問いたしましたら、[11月5日[382]認識の基礎など]で次の返事をいただきました。 
「 B追加の植民地の件
 日本が台湾を植民地にしたのは1895年の下関条約以後、朝鮮を植民地にしたの は1910年の日韓併合、中国の満州は1932年の満州国の成立、中国(満州以外)・フィリピン・・・・・・・植民地にまではできなかった。インドには攻め込もうとしましたがその前にビルマ戦線で敗北しました。これが侵略・植民地化だという理由は、教科書にも載っている通説以上に説明する必要はないでしょう。 」

おなじ質問です。コアラさんが11月4日[374]号で言われた
1、インドを侵略・植民地にしたのは何時でしょうか。
2、中国を侵略したのは、どの事件のことでしょうか。・・・まさか盧溝橋事件?
3、どのような理由で謝罪する必要があるのでしょうか。

中国(満州)植民地について問われましたので、私は次のように理解しております。
「北京を追われたラストエンペラー[溥儀]が、故国満州に国家を再建するために日本軍を頼ったと。また反対に日本軍が「溥儀」を活用して満州を建国した」とも思われますが。もう歴史の闇になっているようです。しかし当時の国際情勢を考え、また日本人の立場から前者が正しいようにも思います。コアラさんは、戦後の東京裁判のなどを根拠とし、また○○○○○の立場から後者の考えではないですか。

私に質問された、植民地の意義は、「本国と隷属・主従関係での経済活動を言う」でいかがでしょうか。この意義では台湾、朝鮮は日本の植民地であったでしょうネ。
しかし、現在の社会・政治・経済・国際情勢などをもって「過去の行為を批判・判断する」ことは避けたいと思いますが。条件が異なりますから。
ぜひ「インドの侵略・植民地の事例」明確に教えてください。コアラさん!
博多ッ子さんとも忙しそうですが、今後の研究のためにも。


[387] 人の意見はきちんと読もう 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/09(Wed) 18:11

博多ッ子、純情さん。ちゃんと誠実に答えていますよ。あなたこそ、私の答えをきちんと読んでいない。自分の考えに沿わないことは理解しようとしないから、答えていないと見えるだけ。道徳教育の歴史を知っているから、詳しく答えた。どう考えているかも、Aの三つ目の理由に書いてある

 『私が書いた「学習指導要領の道徳の歴史」』とは383の「道徳教育の法的根拠」に書いてあることですか?。
 間違いはないけど、一つ質問。
 昭和33年に学習指導要領に道徳が始めて入ってから、平成元年まで全く改正されていないのはなぜですか?。指導要領というものは五年に一度改正するものなのに、なぜだろう。この理由を説明してみてください。


[386] 質問に誠実に答えてください。 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/09(Wed) 12:31

あなたのご返答には、無駄な言葉が多く、また聞いた事に答えていません。無駄な事をなくして、論点を整理して書いてください。
道徳教育についてあなたは「文部省にも指針がなかった」と書きましたよね、それで「本当になかったのか」を調べたら、ちゃんとあったのです。「日教組にはなかった」というのは容易に理解できます。(ただし日教組と国は同列ではありませんよ)。それであなたが知らなかっただけではないかと聞いているのです。それについてどう思いますかと聞いています?それと私が書いた「学習指導要領の道徳の歴史」について何か間違いがありますか。私は文科省とフリー百科事典で調べましたが・・・ご指摘下さい


[385] 道徳教育・追加 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/09(Wed) 11:02

 もう一つお答えすべきことがありました。
 
 道徳教育が義務化されたのになぜ実践してこなかったか?。

@昭和33年(1958)の義務化が戦前への回帰と受け止められ国民の猛反発を受け、続く池田内閣以後約30年たなざらしにされた事情はお示ししました。

A平成元年(1989)以後も道徳教育があまり行われなかった理由。
 一つは、これも戦前への回帰と受け取られたこと。中曽根内閣の成立によって再度憲法改正・教育基本法改正へ動くのではないかと見られたこと。これは彼の「不沈空母」発言に見られるように、アメリカと一体になって軍事的に日本が世界に出ていくことと一体と見られて反発されたのです。
 でもこの時の動きも一旦中止されました。中曽根改革の目的は日本のさらなる自由主義化、今日で言えばグローバル化であったので、教育の民営化が主眼となり、文部省も日教組もこれを阻止する上で共闘を組んでいたからです。
 もう一つの背景。89年に至る10年ほどは、学校で「校内暴力」が吹きすさび、教師を標的にした暴力事件やいじめも多発。「学校秩序を守れ」「道徳の退廃を防げ」の声が強くなって、それで「道徳教育」がでてきた。でも社会の多数・文部省は、それを教師の暴力(体罰)禁止・校則の緩和・生徒の人権の擁護という方策、そして学習意欲をあげるための教育改革で対応し、一旦校内暴力・いじめは沈静化したので、道徳教育は脇に再度押しやられた。

 こういう事情です。

 三つ目は、道徳を修身のように教科書をつかって正しい道徳を生徒に答えさせるという方法は効果がないことがわかったこと。生徒は教師の顔色をうかがっているので、教師が求める正解を、自分の心に反してでも回答してしまうので、生徒の心に道徳は血肉化されない。
 ではどうしたか。生徒の本音を引き出すためには、現実の諸事件、身近にも起きうる諸事件を題材に、討論でさまざまな意見を戦わせることが必要なこと。そのため教科書ではなく、新聞などを使って議論させる。こういう方法が今の時代に有効な「道徳教育」だと考えられたこと。
 僕が実践した「道徳教育」はこういうものです。
 ただこれは個々の教師の道徳観が確立されていないと、かなり難しいのが難点。例えば生徒が教師を刺殺した事件。議論していくと学校教育のあり方がおかしいという所に必ず行くので、どこまで議論を深めるかが難しく、教師に一定の結論がないと議論が何処に行くかわからない。そのためこの新しい道徳教育は今も模索中です。

 この方法をとるならば、指導要領に書かれている道徳教育の目標や徳目の定着も可能だと思う。そして文部省も生徒の興味を引き出す教材の開発や、道徳の時間だけでなく、それと結合した全体計画の下で、個に応じた指導が必要と認めているので、文部省の指導にも合致していると思う。
 しかし最大の難関は、個々の教師の道徳観・社会観が確立していないので、いますぐに効果を期待することは無理です。


[384] 道徳教育の歴史 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/09(Wed) 00:23

 博多ッ子純情さん。歴史をきちんと調べましょう。 
 道徳教育は1958年8月に義務化されました。しかしこれは当時の岸内閣が、その前の前の内閣、鳩山内閣以来引き継いだ、憲法改正・教育基本法改正の政策の続きであったし、それと日米安保改定の動きが連動したことで、多くの国民からは、戦前への回帰と受け止められました。そして1960年に岸内閣が倒れて成立した池田内閣は、さまざまな軋轢を避けるため、鳩山・岸内閣の政策を引っ込め、「低姿勢」路線をとったのです。そして国民所得倍増政策を出すと共に、全国共通学力テストを実施し、「学力をつければ出世もできるし豊かな暮らしもできる」という教育政策を打ち出しました。そのため道徳教育は脇に押しやられ、忘れられたのです。そして「道徳など・・・」という国民的合意ができたのです。
 道徳の指導要領改定は1989年でしょ。その前には77年に指導要領に君が代・日の丸の義務化があり、81年には教科書から「侵略」の文字が削られ、その延長上に、再度道徳教育が出てきたのです。それまで文部省も30年ほど、強いて実施しようとしなかったのです。
 日教組も文部省も道徳教育の方針はなく、指導資料はあってもつかわれないというのはそういうことです。


[383] 道徳教育の法的根拠 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/08(Tue) 19:15

あなたが考える大東亜戦争の原因はわかりました。私はまったく同意できません。さて再度道徳について伺います

道徳教育についてあなたは私あてに次のように書いてます。

< 日教組としても何も道徳については方針がなかったは   ず。文部省だって同じ。
< 学校においては、長い間、道徳教育などというものはな  く、指導資料はあっても実際はやっていません。忙しい  とカットされる。もちろん日常の生徒との関わり、授業  において道徳的な問題はさまざまにありますから、場に  応じてやっているだけですよ。多くの人はそうだし、僕  もそうですね。

これについて真偽を調べました。
本当に国は道徳教育をするよう指針も示さず、指導もなかったのか?
結論から言えば、あなたの無知です。明快に示しています。
「学習指導要領」に「道徳」として、その目標、具体的な事柄を示しています。
戦後最初は、昭和33年長島プロデビューの年(相当古い時期ですよ)に「道徳教育」が義務付けされ、以後平成元年、10年、15年(一部改正)と改正されています。そしてその内容は具体的で明快です。平成元年の中学校の道徳教育について次のように書かれています。(全文)

第3章 道徳
第1 目標
道徳教育の目標は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社会における具体的な生活の中に生かし、個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め、進んで平和的な国際社会に貢献できる主体性のある日本人を育成するため、その基盤としての道徳性を養うこととする。
道徳の時間においては、以上の目標に基づき、各教科及び特別活動における道徳教育と密接な関連を図りながら、計画的、発展的な指導によってこれを補充、深化、統合し、生徒の道徳的心情を豊かにし、道徳的判断力を高め、道徳的実践意欲と態度の向上を図ることを通して、人間としての生き方についての自覚を深め、道徳的実践力を育成するものとする。

第2 内容
1 主として自分自身に関すること。
(1) 望ましい生活習慣を身に付け、心身の健康の増進を図り、節度と調和のある生活をするようにする。
(2) より高い目標を目指し、希望と勇気をもって着実にやり抜く強い意志をもつようにする。
(3) 自律の精神を重んじ、自主的に考え、誠実に実行してその結果に責任をもつようにする。
(4) 真理を愛し、真実を求め、理想の実現を目指して自己の人生を切り開いていくようにする。
(5) 自らを振り返り自己の向上を図るとともに、個性を伸ばして充実した生き方を求めるようにする。

2 主として他の人とのかかわりに関すること。
(1) 礼儀の意義を理解し、時と場に応じた適切な言動ができるようにする。
(2) 温かい人間愛の精神を深め、他の人々に対し感謝と思いやりの心をもつようにする。
(3) 友情の尊さを理解して心から信頼できる友達をもち、互いに励まし合い、高め合うようにする。
(4) 男女は、互いに相手の人格を尊重し、健全な異性観をもつようにする。
(5) それぞれの個性や立場を尊重し、いろいろなものの見方や考え方があることを理解して、謙虚に他に学ぶ広い心をもつようにする。

3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること。
(1) 自然を愛し、美しいものに感動する豊かな心をもち、人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めるようにする。
(2) 生命の尊さを理解し、かけがえのない自他の生命を尊重するようにする。
(3) 人間には弱さや醜さもあるが、それを克服する強さや気高さがあることを信じて、人間として生きることに喜びを見いだすように努める。

4 主として集団や社会とのかかわりに関すること。
(1) 自己が属する様々な集団の意義についての理解を深め、役割と責任を自覚し、協力し合って集団生活の向上に努める。
(2) 法の精神を理解し、自他の権利を重んじ義務を確実に履行するとともに、公徳心をもって社会の秩序と規律を高めていくように努める。
(3) 正義を重んじ、だれに対しても公正、公平にし、社会連帯の精神をもって差別や偏見のないよりよい社会の実現に尽くすように努める。
(4) 勤労の尊さを理解するとともに、社会への奉仕の気持ちを深め、進んで公共の福祉と社会の発展のために尽くすように努める。
(5) 父母、祖父母に敬愛の念を深め、家族の一員としての自覚をもって充実した家庭生活を築くようにする。
(6) 学級や学校の一員としての自覚をもち、教師や学校の人々に敬愛の念を深め、協力してよりよい校風を樹立するようにする。
(7) 地域社会の一員としての自覚をもち、社会に尽くした先人や高齢者に尊敬と感謝の念を深め、郷土の発展に尽くすようにする。
(8) 日本人としての自覚をもって国を愛し、国家の発展に尽くすとともに、優れた伝統の継承と新しい文化の創造に役立つように努める。
(9) 世界の中の日本人としての自覚をもち、国際的視野に立って、世界の平和と人類の幸福に貢献するように努める。


第3 指導計画の作成と内容の取扱い
1 学校においては、次に示すところにより、道徳教育の全体計画と道徳の時間の年間指導計画を作成するものとする。なお、これらの計画は固定的なものと考えず、必要に応じて計画に弾力性をもたせるものとする。
(1) 道徳教育の全体計画においては、学校における全教育活動との関連の下に、生徒、学校及び地域の実態を考慮して、学校の道徳教育の重点目標を設定するとともに、第2に示す道徳の内容と各教科及び特別活動における指導との関連並びに家庭や地域社会との連携の方法を示す必要があること。
(2) 道徳の時間の年間指導計画においては、道徳教育の全体計画に基づき、各教科及び特別活動における道徳教育との関連を示す必要があること。また、その作成に当たっては各学年における指導内容の配列を工夫するとともに、学年間の関連を図る必要があること。

2 第2の内容については、いずれの学年においてもすべてを取り上げるものとするが、生徒や学校の実態に応じて必要な内容項目を重点的にあるいは繰り返して取り上げたり、幾つかの内容項目を関連付けて指導したりするなどの工夫を行う必要がある。

3 道徳の時間における指導に当たっては、すべての内容項目が人間としての生き方についての自覚とかかわるように留意するとともに、生徒の発達段階を考慮して適切な指導を行うようにするものとする。その際、おおむね、低学年では基本的な生活習慣が定着するよう、高学年では世界の中の日本人としての自覚が深まるよう配慮する必要がある。

4 道徳の時間における指導に当たっては、生徒が興味や関心をもつ教材を開発したり、個に応じた指導を工夫したりするなど、生徒が自ら道徳的実践力を高め、内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮する必要がある。

5 道徳教育を進めるに当たっては、学級や学校の環境を整えるとともに、学校の道徳教育の指導内容が生徒の日常生活に生かされるよう家庭や地域社会との共通理解を深め、相互の連携を図るよう配慮する必要がある。

6 生徒の道徳性については、常にその実態を把握し指導に生かすよう努める必要がある。ただし、各教科における評定と同様の評定を、道徳の時間に関して行うことは適切ではない。

7 道徳の時間の指導は、学級担任の教師が行うことを原則とする。


国はちゃんと示すべきことを示しています。私が言った「道徳12項目」も入っています。再度伺います。あなたは教員として、国が示した「道徳」という人間教育の原点となる授業を無視し実施せず、またさらに、その法的根拠の存在さえ知らず、長期にわたり教員をしてきたのですか。これについてどのように思いますか?


[382] 認識の基礎など 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/05(Sat) 22:37

おてもやんさん、こんばんわ。ますます佳境に入ってきましたね。
 ご質問にお答えする前に、僕の資本主義についての説明を「マルクス主義」と規定し、いかにも古い間違った思想と切り捨てていますが、それは間違いですよ。
 マルクスの資本主義分析は「前期資本主義」に関してはほとんど正しい。このことは今日の資本主義の発展をを支えた近代経済学においても確認されていることであり、かのケインズやシュンペータも認めていることです。そしてケインズやシュンペータはマルクスの分析を基礎にして、資本主義の弱点を修正して、マルクスが予言した崩壊ではなく発展にむかう方法を編み出したのです。そしてその新しい資本主義運営の方法をすでに実践している国がアメリカであり、ケインズやシュンペータの理論は、新しいアメリカ的資本主義(後期資本主義)に理論的裏づけを与えたのです。
 だから植民地争奪戦争を生み出す前期帝国主義についてのマルクスの分析は正しい。しかし彼は後期資本主義と言う新しい資本主義が生まれ、空前の繁栄をすることを予想しなかった。ここにマルクスの間違いがある。
 僕はこの、近代経済学の常識を基礎に議論を組みたてているのであり、このことの正しさは、京大の佐伯啓思氏がその著作(たとえば「アダムスミスの誤算」「ケインズの予言」PHP新書あたりが読みやすい)で縷縷述べておられることであり、同じく近代経済学の重鎮でロンドン大学の故森嶋通夫氏が、その著作(たとえば「思想としての近代経済学」岩波新書がいいと思う)で述べていることです。

@について
 これは382の博多ッ子純情さんへの回答でお答えしたので割愛します。
Aについて
 子供のいじめと戦争を同じレベルで論じないで欲しい。もちろんいじめはいじめる方が悪い。だが大東亜戦争に至る過程で、日本をいじめた欧米も悪いが、日本も悪い。どちらも他国を支配し自国の富のみ図ったのだから。

B追加の植民地の件
 日本が台湾を植民地にしたのは1895年の下関条約以後、朝鮮を植民地にしたのは1910年の日韓併合、中国の満州は1932年の満州国の成立、中国(満州以外)・フィリピン・インドシナ・インドネシアは占領しましたが植民地にまではできなかった。インドには攻め込もうとしましたがその前にビルマ戦線で敗北しました。これが侵略・植民地化だという理由は、教科書にも載っている通説以上に説明する必要はないでしょう。

 ぼくの方から質問です。
 たぶんおてもやんさんは、これらの出来事は侵略・植民地化ではないとおっしゃるのではないか(違ったらゴメンナサイ)と思います。その理由をお教えください。ここが私たちの考えの相違の根本部分だと思いますので。


[381] 大東亜戦争の原因は 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/05(Sat) 17:55

コアラさん
 深夜まで、ご回答寄せていただきありがたく思います。しかし、相変わらず抽象的で言葉に翻弄さ、何等心に残ることもなく、残念ながら新しい発見・感動もありませんでした。
古くなった思想、昔聞いたマルクス主義の説明のように思いますが。
簡単に言えば「資本主義は、生産向上=市場開拓=市場争奪、そして戦争勃発」と言われているのですか。
それよりも、私の質問は、
@ 大東亜戦争勃発原因は、【人種差別】【経済制裁】それと【共産主義の浸透】でありませんか? と事象を挙げて伺いしましたが。
A これに関連して、【切れた子供が悪いのですか】【いじめた子供が悪いのですか】。
長い教員時代にどのように判定されたか。豊富な経験をお伺いしましたが。

話が長くなりそうで付加したくありませんが、どうしても気になりました。
11月4日(374)の回答の下段で、
【大東亜戦争の説明で「日本が中国・インドなど侵略し植民地にした・・・」】と説明されていますが、「昭和何年の、どのような行為をもって、侵略・植民地にした」と言っておられるのですか。

いずれにしても、学校教育ではありませんので、要約して具体的【抽象的でなく】かつ簡明に、日時・場所・事象を提示してください。そのほうが図書館もあり調べやすいし、私も田舎者ですが、それなりの知識はあるつもりです。また判読も出来ますから。


[380] 戦争と資本主義の歴史的背景 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/05(Sat) 13:12

だんだん話しが核心に入ってきましたね。

Q1:おてもやんさんが考える大東亜戦争の原因は「人種差別   と経済制裁が最大の要因」という説とコアラさんが考える説とはまったく違います。それで「人種差別と経済制裁」が原因ではなかったとする反論を教えてください

 二つの説は対立するように見えて実は対立していないのです。おてもやんさんのおっしゃった原因は「大東亜戦争」の直接のきっかけと戦争に国民を動員するための思想。僕の述べたことは、その背景となる経済的・政治的要因を述べたもの。どちらも「大東亜戦争」の原因とするのは正しいし、両方組み合わせて考えると、事実を多面的に見られることになります。

 アメリカ・イギリス・オランダが同盟して日本に石油を売らないような経済制裁をして、それで窮した日本が真珠湾奇襲・開戦へと追いこまれたことは事実です。そして日本が欧米と開戦するにあたって「世界を植民地にしてきた白色人種からアジア人種が独立する」という人種対立的要素を戦争の大義名分に掲げ、アジア人の共同の王道楽土を建設しようと「大東亜共栄圏」を掲げたのも事実です。また日本がドイツ・イタリアと連合して欧米と戦う名目として「共産主義の拡大を防ぐ」という大義名分を掲げており、それも一定程度、日本人およびアジアの独立派の一部を戦争に獲得する上で効果があったことは確かです。
 そして一方の欧米、主としてアメリカが対日戦にはいるにあたって「真珠湾の屈辱を忘れるな」という合言葉とともに、日本人を「黄色いサル」と呼び、アメリカ人の中にあるアジア人蔑視の人種的感情を動員したことも事実です(これについてはアメリカ人歴史家のダワー著「容赦なき戦争ー太平洋戦争における人種差別」(平凡社刊)に詳しいですね。
 だがダワ―も同書で述べているように、双方の人種差別を戦争を鼓舞するのに使ったのは、あくまでも戦争を合理化する錦の御旗に過ぎませんでした。イギリスなど西欧の戦争目的は植民地を死守するということで、アメリカは植民地を解放し植民地を取り合う資本主義国を弱体化し、世界を「自由な国」正しくは「自由競争に基づく自由な市場にする」ことを目的とし、それを国民にも宣伝し、それが神に選ばれたアメリカの使命だとしたので、アメリカ国民にも支持された訳です。
 では日本はどうかと言うと、「大東亜共栄圏」というのもあくまで戦争を正当化する錦の御旗に過ぎず、日本国民はこれで納得しましたが、支配下にある朝鮮や、併合されようとした中国や東南アジア・南アジアの人々の多数派は納得しませんでしたので、日本のアジア侵略と受け取り、欧米と連合して日本と戦いました。もちろんアジアの欧米からの独立を目指す勢力の中に、日本を利用して・日本と結合して、独立を果たそうとする人々も少数ながらいましたが、日本占領政策が実態として併合・植民地化であったため、これらの親日派の人々は民族の裏切り者とされ、アジアの主流は、欧米と協力して日本の侵略を撃退し、その勢いにのって独立を果たそうとする勢力が主でありました。そしてファシズムから民主主義を守るという合言葉で、ソ連が欧米と連携しましたので、アジアの各国共産党も欧米と連合して日本と戦うと言う路線をとり、この勢力が一番頑強に日本と戦ったため、戦後独立時に各国で主導権を得て、中国・朝鮮・フィリピン・インドネシア・インドシナの各地は、戦後、共産党の主導する「社会主義」国か「人民民主主義国」になりました。
 日本にとっても戦争の真の目的は、せっかく確保した植民地中国(狭義には満州)を欧米から守ることでした。だからアメリカとイギリスに先制攻撃をして戦争を優位にし、東南アジアの石油を確保したら欧米と停戦・終戦協定を結び、その条件として満州の確保を掲げていたことは、各種の研究からも明かです。
 あくまでも戦争は植民地をどうするかという経済・政治・社会的原因で起きているのです。でも戦争するのは互いに人間ですから、人間を納得させる価値観、歴史的に形成された価値観(そこには人種主義的なものも含む)が動員されるので、それも広義には原因の一つに数えますが、正確には、戦争を正当化するためのイデオロギーと言ったほうが良いと思います。

Q2:コアラさんはこの戦争の原因を考察するにあたって、どの時点までさかのぼり考察されましたか?

 もちろんおてもやんさんと同じように、西欧のいわゆる大航海時代にまで遡って考察していますよ。大航海時代と言うのは、西欧資本主義の揺り篭期。アメリカ大陸やアフリカ、そしてアジアの一部を植民地にして手に入れた莫大な財貨、これが西欧における資本主義勃興の基盤(経済学的には原始蓄積)となったわけで、このとき西欧の人々には「神の名において、選ばれたる文明国たるわが国々が野蛮人たちをキリスト教に改宗させて文明化する」という価値観が広がり、その後の植民地化の中で、有色人種を差別する思想が生まれたことも事実です。
 今日の欧米の繁栄は、アジア・アフリカ・アメリカの諸国民の富みを長期に渡って奪ってきたことが基礎になっていることは誰しも認めることであり、だから今日、これらの地域の旧植民地の国々が、経済・政治において真の平等を掲げて欧米諸国に要求するとき、欧米はこれに反対できなくなるのです。
 西欧・EUは積極的にこの国々と結びついて、あわよくばアフリカをも含めた共同体としてEUを構想していますので余計に旧植民地諸国の要求には寛大であり、アメリカは、全世界をアメリカが金融面と先端科学の面と資源開発の面で支配することで、自国だけが豊かさを維持しようと考えているので、旧植民地諸国の要求には比較的冷淡です。でも無視できない要求なので、「民主化すれば」援助するという形で対応しています。
 やはり今でも人口と資源の過半が存在する、ラテンアメリカ・アフリカ・アジアとの関係をそれなりのやりかたで構想しないと資本主義は繁栄できないということでしょう。
 でも西欧もアメリカも世界を植民地にしたり・経済的政治的に支配してきたことを罪悪として総括・謝罪はしていませんね。ここが今後の世界のあり方を決めるときに決定的な要素になります。
 たとえばEUがトルコを組みこもうとすると、最近顕著になっているイスラム嫌いが問題になると同時に、それは非キリスト教とそれを信じる人々への差別が背景にあるので、西欧の世界支配の総括・謝罪が不可欠になりますし、アメリカがアラブを民主化しようとしても、アメリカ自身が世界を政治的・経済的に支配してきた(西欧の価値観以外を認めないと言う意味でも)ことへの反省・謝罪なくして、これ自身進みませんね。




[379] 大東亜戦争の原因について 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/05(Sat) 07:04

コアラさん自身も、日教組としても体系づけた道徳教育をやってこなかったということは理解できました。重要視してこなかったという事でいいですかね。また、「学ぶ」「職に就く」という事の意味づけは、コアラさん自身は理解しているが解らない人が多い、という事も理解できました。次なる事で少し疑問がありますので教えてください。

おてもやんさんへの説明では:
大東亜戦争は、イギリス・フランス・オランダに日本が戦争をせざるをえないように仕向けて起こさせたもの、それに「植民地をなくして世界を自由市場にしようと考えたアメリカが介入して双方を抜き差しならぬ対立・戦争に追い込み、双方を崩壊させる事で世界を変えようとして起きたもの。

私への説明では:
日本という植民地を広げないと反映できない資本主義国と同じく植民地を広げないと繁栄できない資本主義国であるイギリス・フランス・オランダが、中国とアジアをめぐって取り合った戦争です。だから日本が資本主義国だったから戦争になった

おてもやんさんは:
大航海時代までさかのぼり、500年というスパンで大東亜戦争の原因について考察されています。そして、その原因は人種差別と経済制裁が最大の要因で、加えれば共産党の浸透が原因だったと書いてます。私はこの意見に賛成です。

歴史の教師としての立場から次のことについて教えてください:
Q1:おてもやんさんが考える大東亜戦争の原因は「人種差別   と経済制裁が最大の要因」という説とコアラさんが考え   る説とはまったく違います。それで「人種差別と経済    制裁」が原因ではなかったとする反論を教えてください

Q2:コアラさんはこの戦争の原因を考察するにあたっ      て、どの時点までさかのぼり考察されましたか?


[378] 質問の一つに答えただけ 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/04(Fri) 23:35

 博多ッ子純情さん。僕の答えをよく読んでください。僕が答えたのは、あなたの質問の一つ「普遍的なものが時代にあわなくなるといのはおかしい」というのに、道徳の例をあげて答えただけ。
 学校においては、長い間、道徳教育などというものはなく、指導資料はあっても実際はやっていません。忙しいとカットされる。もちろん日常の生徒との関わり、授業において道徳的な問題はさまざまにありますから、場に応じてやっているだけですよ。多くの人はそうだし、僕もそうですね。
 「なぜ学ぶか」「なぜ職につくか」僕がわからないとは書いてない。一般的にわからなくなっているから試行錯誤が続いていると答えただけ。本当にわからない人が多数なのです。勉強など嫌いなのに教師になったという人が3分の2でしたね。前にいた職場では。で勉強の目的はと聞くと「嫌だけど職につくには必要」とか「高い給料を得るには必要だから」と言う意見が多数派。だから昔と変わっていないので、その目的に疑問を持った生徒には通用しないということを説明しただけ。日教組としても何も道徳については方針がなかったはず。文部省だって同じ。
 人の意見は丁寧に読みましょう。
 僕は勉学の目的など普段は説かない。教科の授業は生徒の興味を引き出し、考えることの楽しさをわかり、かつ少しでも社会科学的なものの見方が身につけばよいと考えて行ってきた。それでも「なぜ社会科なんか学ぶ必要があるの」と聞かれれば、こう答えた。
 「君が社会の中で生きていくときに、様々な問題にぶつかったりすることがあるだろう。それを解決するために、社会の仕組みやその成り立ち、そして社会に一国民として関わっていく方法を学ぶんだよ」と説明した。ただ生徒によってこの質問をする意味はそれぞれ違うので(動機がね)、詳しいことはそれぞれで異なる。またなぜ僕が社会科(歴史)を学んだのと問われれば、自分の例を語るだけ。それが生徒の参考になるかならないかは分からないが。
 具体的に職業について指導するのは、実際に自分の進路について迷っていたり悩んでいた生徒がいた時だけ。そして答えは、生徒によって様々だが、要はその生徒が何をしたいか、どんな人生を送りたいかに合わせた具体的なアドバイスをするだけ。その希望がないときが指導は大変だが。それを見つけるのを助けるのが関の山。
 


[377] お尋ねした事に答えてください 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/04(Fri) 20:55

私があなたにお尋ねしているのは「あなたが教師としてご活躍されていた時代、道徳についてどのようなことを生徒に教えられましたか?」と伺っています。「何故学ぶか」「何故職に就くか」これの意味づけが、教師を長くやったあなたが、本当に分からないのですか。驚きです!!


[376] 「普遍」が「普遍」でなくなる時 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/04(Fri) 18:09

徳目として「普遍的価値」を持っていたとしても、それが必ずしも「普遍的なもの」として人々に受け入れられなくなることがあるということです。
 一つだけ例をあげてみましょう。
 たとえば「勉学に励み知識を身につける」。かつて明治国家成立以後の日本においては、「西欧においつけ追い越せ」という国策に寄与するという大目標と、それを通じて自身も立身出世するという個的目標が成立するので、道徳としてはかなりの価値として受容されました。戦後の世界では、国家目標としては「国の復興のため」という目標が掲げられ、社会の変化としても、例えば会社での職員と工員の差別がなくなり、誰でも学歴とか実力があれば会社内で出世できるようになりました。これによって工員でも管理職になることができ、その高い給与を基礎に子供に高い学歴を与えれば、子供の世代も立身出世できる可能性があるので、「勉学に励む」ということは徳目として受容されました。
 しかし70年代以降、欧米に追いついて見事に復興を果たしたため、「復興のため」という目標もなくなり、グローバル化が課題になっている今日では、企業は諸経費をぎりぎり削るために、正社員の採用を極度に制限し(しかもその給与総量も制限し、能力主義で差をつけるようにもなり)、パート・派遣などの低賃金の非正規雇用労働者を沢山雇うようになりました。そのため高校や大学の新規学卒者の採用は急速に狭き門になりました。こうなると勉強してもそれで自動的に良い職を得て高い地位を得られるものではなくなり、それに社会的に「自分らしく生きる」ということが正しい生き方だと言う価値観が広がってもいる(何が自分らしいかはまったく不明ですが)ので、「勉学に励んで出世する」ということは徳目としては受容されなくなりました。
 これがニートとかフリーターとか、働かない若者が増えている理由です。こうやって長い間人としての徳目として受容されてきた「勉学に励む」ということの意味・目的がよくわからなくなり、学ばない若者が大量に生み出されたわけです。
 このようにどんなに「普遍的」であろうとも、それはある時代には、その時代に沿った解釈・意味付けで受け入れられていたので、社会実態が変わればその解釈ではうまくいかない。したがって「新しい解釈=徳目の意味付け」が必要になるのです。
 その「学ぶ」ということ、「職につく」ということの新しい意味付けが確立されていないので、今社会的に試行錯誤になるのです。
 「普遍的だけど時代にあわない」というのはこういう意味です。
 学校では学校を出れば就職できる時代が長い間続いたので、学ぶ意味や職につく意味などについて、学校で教えることは長い間なされていませんでした。最近ですよ。職業指導が問題になっているのは。中学や高校では、在学中に職業体験を豊富に経験させて、職につく意味と、自分にあった職は何かと言うことをつかませ、これによって勉学の意欲を育てようとしているのは。最近では大学でも同じことがなされているようですね。


[375] 道徳教育について 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/04(Fri) 06:46

あなたは教員をしてきた方ですよね、あなたは生徒に「道徳」をどのように教えてきたのですか?年若い生徒に語りかけるには、分かりやすく説明しなければなりません。具体的にどう教えてきたのですか?私が書いた「道徳12項目」について、あなたは「人間としてあるべきだし、不変(全てに共通という意味では「普遍」の方が言葉として適切だと思います)のものだと思います。でもそれが社会の実態とあわなくなっている・・」と書いてます、これ矛盾してませんか?普遍のものならば、社会がどんなに変わろうと普遍でしょう。「普遍の道徳」を教えてこなかったから社会の実態がこうなったのではありませんか?その責任は「親・教師」にあり、「歴史的背景」を考えると当然「国」にもあります。だから私はそれを「教えるべきだったし、今からでも教えるべきだ」と申しています。「たねをまかなかったから、はえなかった」のではないですか。それで教師集団である日教組は「どのような道徳のたねをまかれてきたのか?」を、お尋ねしています。誰もが認める普遍のものならば、何も躊躇なく自信を持って生徒に強制すればいいのではありませんか、教育には「強制」が伴うと思います。


[374] 資本主義と戦争など 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/04(Fri) 00:16

おてもやんさん。今日は。さまざまな遠くの人ともこうしてお話できるのはすばらしいことですね。

 さて質問が多岐にわたっているので、少しずつお答えします。

@「前期資本主義」と「後期資本主義」の違いとその歴史

 前期資本主義と言うのは、戦前に西欧や日本で広がった資本主義。この時代の資本主義は、人々を搾取することで利益をあげていました。その成立期にはどこでも農民が搾取されました。そして工業が発展してくると、労働者を人間としてあつかわないほど酷い労働条件でこきつかい、そのことで安い商品を作って売って儲けをえていました。戦前の女工哀史などで有名です。そしてそれでも儲けが増えなくなると、今度は他の資源や人はあるが力の弱い国を植民地にして原料や労働力を安く手に入れて儲けを得ました。植民地をたくさんとってくるようになると、儲けが膨大になったので、社会の安定のために、資本主義を運営するに不可欠の管理的労働をしている労働者の上層には前よりもかなり良い給与を与えるようにはなりましたが、大部分の下層労働者は労働基準法ができるまでは、過酷な労働がまっており、「働けど働けど我が暮らし楽にならず、じっと手を見る」という状態でした。しかも5〜10年に一度恐慌が必ず襲ってきて、そうなると倒産やリストラでますます労働者は酷い生活になりました。
 国民の多数を占める労働者と農民が貧しいので、規模の大きくなった工場の製品は国内でははけず、その売り先としても膨大な植民地が必要になってしまいます(この時期の主な商品は繊維製品です)。だから限られた地球を、幾つかの強大な力を持った資本主義国が奪い合うことになります。これが植民地争奪の帝国主義戦争です。しかし、強大な力をもった資本主義と言っても、各国には与えられた条件の違い(国土の広さ・資源の多寡・資本主義になってからの年数・国の発展の度合い)があり、列強の中でも、巨大な植民地を持った豊かな国(イギリス・フランス・ロシアなど)と植民地をほとんど持たない国(ドイツ・イタリア・日本)があり、それぞれが相互に離合集散して戦争を続けました。この「持てる国」から「持たざる国」が連合して植民地を奪い取ろうとして最初に起こした戦争が第一次世界大戦。そして「持たざる国」ドイツは敗北しました。そのドイツが敗戦から復興し、再度発展すると、「持てる国」が「持たざる国」を力でねじ伏せて(関税同盟などを組んで持たざる国の商品が売れないようにしくんだり、持たざる国に資源が行かないようにしたり)つぶそうとしました。そこで「持たざる国」ドイツ・イタリア・日本が連合して対抗したのですが、結局衆寡敵せず、戦争に訴えるしか方法がなくなったのです。
 そう言う意味でドイツ・イタリア・日本が戦争に踏み込まざるをえないようにしたのは、主としてイギリス・フランス・オランダなどの西欧の「持てる国」でした。
 「後期資本主義」とは、戦前のアメリカで発展した資本主義で、労働者や農民を搾取するのではなく、彼らに一定の充分暮らせる収入を与えることで国内に大きな需要を生み出し、それで製品を売って利益をえて、その利益の一部を労働者は農民に配分し、それでさらに国内の市場を広げて利益を得て・・・(あとはこれのくり返し)。と、まるで「永久機関」のように発展を続ける資本主義のあり方です。そのため市場が拡大するかぎり恐慌は起きません。アメリカは第一次世界大戦前からそういう国でしたので、外国のことには介入せず、ひとり孤立して豊かに暮らしていました。しかしこの「永久機関」みたいな資本主義にも弱点があったのです。いくら国内の人々を豊かにして国内市場を広げても、市場の拡大速度以上の速度で生産システムが肥大化して、国内市場だけでは不足し、ほっておくと企業倒産が連続する危険がでてきました。そこでアメリカは海外に市場を求めたのですが、世界のほとんどは「持てる国」が植民地にしていて、関税協定などでアメリカの製品を排除してきたのです。そこでアメリカは「世界から植民地をなくし自由市場にする」という目的をもって、各地の争いに介入し始めたのです。
 最初が日露戦争(実はこれが歴史上で最初の帝国主義戦争)後の満州の帰属の問題。アメリカは満州をロシアや日本が植民地にすることを嫌い、そこを自由市場とするのなら、たとえば日本がそこを自国に併合することを容認するという動きにでましたが、日本にそでにされました。次に介入したのが第一次世界大戦。ここでアメリカはドイツからイギリス・フランスを救ったことを背景に、パリ講和会議で「植民地の全廃」を提案しましたが、イギリス・フランスにそでにされました。
 この戦争にたくさんのアメリカの若者の命がささげられたのに、目標とした「植民地のない自由な世界」が実現しなかったことに失望したアメリカ国民は、政府が外国のことに関わることを嫌いましたので、第一次世界大戦後約10年間というものアメリカはまた孤立主義になりました。
 しかしアメリカ資本主義は戦争を通じてさらに急速に発展し、全世界を自由市場として開放しないと、自国の経済が崩壊する危機に直面することになりました。それが1929年の世界恐慌。これ以後アメリカは、なんとか国内開発によってその危機を乗り切ろうとしましたが(ニューディール政策によるテネシー河谷の開発が有名)そんな小手先では解決つかず、結局また「植民地をなくして世界を自由な市場にかえる」路線に復帰しようとしました。
 その切っ掛けを与えてくれたのが、「持てる国」イギリス・フランス・オランダと「持たざる国」ドイツ・イタリア・日本の対立です。この対立にアメリカは「持てる国」の側に立て介入し、「持たざる国」を締め上げるのに手を貸しましたが、結局「持たざる国」が諦めずに戦争に訴えてきたので、第二次世界大戦が起きました。しかしアメリカ国民はもう戦争に嫌気が指していたので政府が戦争に参加することを拒否しました。だから最初ドイツは西欧を席巻できたのです。困ったアメリカ政府は、ドイツの潜水艦が誤ってアメリカ商戦を撃沈したのを良いことに、ドイツに宣戦布告し、つぶれかかっていたイギリス・フランスなど西欧の国々を救出しました。また、日米の満州をめぐる協議が難航し、日本が奇襲を企てていることを知るや、わざと奇襲に対する防備をせず、日本に真珠湾を攻撃させ、それに国民が示した怒りを利用して、日本にも宣戦を布告し、2正面作戦を敢行して、ついにこの戦争を終わらせました。
 そしてこの戦争で疲弊した西欧を再建する援助をするとともに、西欧の「前期資本主義」のしくみを、アメリカと同じ「後期資本主義」の仕組みに代え、全世界の植民地を独立させようとしましたが、またもイギリス・フランスに拒否され、この企てはうまく行きませんでした。
 この企てを成功させたのは、ソ連が戦争での勝利に奢って自国の勢力圏を西欧に広げようと東欧を占領し、そこに衛星国をつくろうとしたこと。そしてアジアでの戦争の中で、中国や朝鮮や東南アジアで革命が起こり、そこにつぎつぎと「社会主義」国ができそうな状況が広がったことが背景でした。これをチャンスと見たトルーマン大統領は「共産主義との戦争」を訴え(1947年)、ソ連と対立を深め、その対立は、西ではベルリンを巡って両軍が一触即発の状況になったことや、東では北朝鮮が冒険主義的に革命を南に広げようと戦争を起こし(1950年)、東西冷戦が深刻な、もしかしたら第三次世界大戦に行くのかという危機になりました。これをアメリカの力で封じ込めたのですが、革命の波は収まらず、特にアジアではインドシナで「共産勢力」がフランスからの開放を目指して独立戦争に入り(インドシナ戦争=これはそのままベトナム戦争へとつながります)、アジアの独立した国々は1955年にインドネシアのバンドンで「社会主義」中国を中心に会合を開き、非同盟諸国連合を作ってどちらかというと「社会主義」の側につく動きを始め、これは以後60年代を通じてアフリカに広がりました。
 その過程で植民地を失った西欧や日本はいやおうなくアメリカの核の傘の下でソ連・民族解放革命勢力から自国を守り、国のありかたを、アメリカ型の資本主義「後期資本主義」に変えざるをえなくなりました。
 こうして戦後、資本主義の国はすべて、アメリカ型の資本主義国になりましたので、植民地を必要とはしなくなり、植民地を取り合う戦争はなくなりました。

Aその他の戦争の性格など

 ですからこの時期、1945年から1970年ぐらいまでの戦争は、民族独立革命の戦争をおさえ、「共産主義の拡大を防ぐ」ための戦争です。朝鮮戦争・インドシナ戦争・ベトナム戦争。そしてキューバ危機もその一つです。
 中・印紛争は、その代理戦争みたいなもの。「後期資本主義」も発展が続く中で、国内市場では狭くなり、今度は資本主義国同士の市場開放できりぬけようとしましたが、それでも市場が足りず、こんどは独立させた旧植民地から資源を略奪するのをやめて、旧植民地に援助して工業を発展させ、国を豊かにして、新たな市場にしようとし始めました。60年代から始まり、70年代、ドル・ショックとオイルショック以後、この政策は拡大しました。
 その政策にのって発展したインドと「社会主義」がうまくいかなくて国内紛争を抱えていた中国が、互いに国内の民族主義をあおる形で衝突したのが中・印紛争です。
 チベット・ウイグルの抑圧は、「社会主義」がうまくいかない中国が、国内(国外かもしれない)の異民族の国を奪い、その異民族の地域の資源を自己のものにするとともに、広大な土地に漢民族を移住させて農耕地を広げ、それでなんとか漢民族の暮らしを維持させようとして、「自治権」のあったチベットやウイグルからそれを取り上げ、中国に併合して、各民族の独自性も奪って、名実ともに中国にしようとして起きたものです。
 イラク戦争は、これらと全く別物。「後期資本主義」は80年代後半にまったく立ち行かなくなり(西欧・アメリカ・日本以外に、旧植民地まで発展したので、世界市場が完全に飽和状態でほっておくと世界恐慌が起きる状態になる)、その中でアメリカは、豊富な資金力をバックに、金融的に世界を支配し、世界の資源も独り占めする方向に資本主義のあり方を変えました。マネー資本主義とかカジノ資本主義と呼ばれ、それが全世界を作り変えようとしている現在は、グローバル資本主義と呼ばれています。
 そのアメリカが全世界を支配し、自国だけが(正確には自国の多国籍企業だけが)利益を得る仕組みに変えるために、「イスラムテロリスト」「ならず者国家」という敵を作って、世界秩序をひっくり返す暴挙にでたものです。

 これで大たい質問には答えてしまったかな。

B「大東亜戦争」について

 「大東亜戦争」は、イギリス・フランス・オランダに日本が戦争をせざるをえないように仕向けて起こさせられたもの。それに「植民地をなくして世界を自由市場にしよう」と考えたアメリカが介入して双方を抜き差しならぬ対立・戦争に追いこみ、双方を崩壊させることで世界を変えようとして起こさせたもの。
 僕はこう理解しています。
 だから東京裁判は、アメリカ・イギリス・フランスという戦勝国が主導したという意味では、彼の国々の戦争責任を棚上げにした不当なものです。でも中国やインドなど、侵略されて植民地にされた国の立場から見れば、侵略そのものを裁くものであったわけで、この観点から見れば、日本が受けた処罰は当然のものです。
 しかしここでご指摘のように西欧やアメリカの戦争責任が不問に付されているし、西欧の15世紀からの500年にもわたる植民地政策とその罪悪が棚上げになっていることは問題であり、これは問題として提起すべきです。
 でも日本が西欧やアメリカの犯罪を糾弾するためにも、日本自身がやってしまった(やるしか方法がなかったことは確かですが)侵略と植民地支配を謝罪することが必要ですし、西欧とアメリカの犯罪を糾弾し、2度とこのようなことの起きない世界にするためには、日本はアジアの国々と協力することが必要だと思っています。


[373] 大東亜戦争の原因は 投稿者:おてもやん 投稿日:2005/11/03(Thu) 15:47


コアラさんへ
コアラさんと博多純情っ子さんの討論拝見しました。
コアラさん解答は、難しく、心に残らず、ただ言葉に翻弄されてしまいます。10月29日のコアラさんの答えに納得いきませんでしたので【キー】を叩きました。
>【問い】大東亜戦争は・・・・・
【答え】「大東亜戦争」は、日本という植民地を広げないと繁栄できない資本主義国(これを帝国主義という)と、同じく植民地を広げないと繁栄できない資本主義国であるイギリス・フランス・オランダが、中国とアジアを巡って取り合った戦争ですよ。
 だから日本がそういう資本主義国だったから戦争になった。戦後の日本はアメリカにならって、植民地を必要としない資本主義国、大衆の生活を豊かにすることで市場を広げて繁栄する資本主義国(これを帝国主義=前期資本主義に対して、後期資本主義とか、フォーディズム資本主義と言う)に変わったので、戦争をする必要がなくなったのです(西欧も同様にアメリカにならったので植民地とりあいの戦争はなくなったわけ)。
 「日本が社会主義だったら・・・」。・・・・
 コアラさん。
[前期資本主義]とか[後期資本主義]とか、具体的にどのように違うのでしょうか。「アメリカ型後期民主主義では戦争がない」とのことですが、ヴェトナム戦争、イラク戦争をどのように見ればよいのですか。植民地型戦争など戦争に種類があるのでしょうか。また現実に起きた、中・印紛争、チベットやウイグル抑圧をどのように理解すればよいのでしょうか。 肥後の田舎者には、難しくさっぱりわかりません。
 ヨーロッパのアジア植民地は、大航海時代から500年もの続いていていたのです。日本が始めて東南アジアに進出したのは昭和15年、戦争の前年です。欧米列国の植民地政策と日本のアジア進出を同列に比較することは、歴史の歪曲ではないでしょうか。
大東亜戦争の勃発原因は、
人種差別と経済制裁が最大の要因で、加えれば共産主義の浸透が原因だったと思います。日米抗争の歴史を遡れば、日露戦争終結ごろに端を発していると思いますが。
日露戦争は、世界で始めて虐げられていた有色人種が白人に勝った戦争です。何百年と優越意識を持った白人社会に与えた衝撃・不快感。さらに米国の[ハリマン計画]による満州共同開発拒否が日米衝突の遠因です。
昭和15年頃の日本を取り巻く情勢を見ますと。
日本は、大東亜戦争に突入する4年も前から泥沼の支那事変に翻弄されていました。政府は、一日も早く終結させることが至上課題でもありました。
米国は中国(重慶政府)に何億ドルもの軍事援助や軍事顧問団の派遣し、200機に及ぶ航空機も支援していました。もう参戦しているのと同じでないでしょうか。
また米・英・蘭・中(A・B・C・D)は、協同して真綿で首を絞めるように徐々に日本に経済圧力を加え、さらには石油輸出を停止し。日米交渉はずるずると引き延ばし、「早くかかって来い」と言わんばかりの対日政策。最後には日清・日露の権益をも放棄させ、戦っている敵(重慶政府)認知するように強要し、承諾しないことを知っての11月26日[ハルノート]の通告です。ハルノートは[宣誓布告]と同じです。
 コアラさんは、四十年余りの教員生活、組合活動を終えられたとのこと、学校で子供たちの多くの「いじめ」にも遭遇されたことと思います、「いじめた子供たちが悪いのでしょうか」「切れた子供が悪いのでしょうか。」。どのように解決されたか教えて下さい。
 先の大東亜戦争の勃発原因は、真珠湾攻撃でもなければ、短絡的な資本主義が原因とも思いません。なぜ、資源のない日本が一方で戦いながら、巨大な米国とも戦わなければならなかったか。負けるかもしれない戦争をなぜしなければならなかったのか。悲惨な結果のみ強調し、「愚かなな戦争だった」と言う人もいます。【ほとんどが左翼ですが】。ではあのような状態に追い込まれた日本はどのような施策があったのでしょうか。私達の祖先は、愚かではありません。素晴らしい人達です。東京裁判史観や左翼思想だけでは、歴史は語れません。
コアラさん、私は日本人です。
この日本で生まれ、この国で育ち、この日本で死んでいきます。
コアラさんもそうだったように、私も多難な時代を必死になって、今日も最善の道を探し右往左往しながら生きたおります。毎日が過酷な現実との戦いです。
20年後、30年後、子供や孫達が、結果だけ見て私を非難することは容易いでしょう。しかし生きている今の環境【政治・社会・経済・教育・国外情勢等々】も理解してもらいたいと思います。
誰にも触れられたくない傷は、長い人生・歴史には幾つかあります。そこを暴露し、露天に晒し、強調し、生傷に塩をかけるような行為が正しいのでしょうか。日教組のように汚点だけを批判することは、親からも教わっていません。コアラさんの六十二年の人生【退官されて二年とか?】にも、同じように三つや四つの傷はありませんか。
 父母や祖父母たちも困難な時代に、苦しみながら同じように生きてきたと思います。その環境を理解することも歴史ではないでしょうか。ただ主義思想で一瞥する問題でもないと思いますが。 
私は、祖先を敬い祖国を愛して生きていきます。子供や孫たちが背筋を伸ばし、自信と誇りを持って生きていくためにも。
もし、ご解答を寄せ、先の戦争など批判していただけるなら、具体的(いつ、どの事件・判断など)に教示してください。


[372] (無題) 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/03(Thu) 15:35

テスト・テスト


[371] 誰かのせいにしても無意味 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/03(Thu) 12:12

 博多ッ子純情さんの、道徳の歴史的変化についての理解は、あまりに「道徳主義」で、道徳と言うものも、現実の社会や家庭のありかたの変化と一体の関係にある(社会や家庭の変化に比べて遅れてやってくる。イデオロギーはそれ自身に自己保全の力がありますから、社会や家庭の変化とすぐ同調するのではなく、長く残存し、そのため現実の社会や家庭の変化から起きた自分の意識のあり方と道徳などのイデオロギーとの矛盾に人は苛まれる)という、社会科学の常識をご存知ないものと見うけられます。
 だから道徳が守られないのは、それがきちんと教えられなかったからだと親や特に教師を非難し、はてはそれをアメリカ占領軍の性にして、誰かが悪いとしてしまい、ヒステリックに非難するだけになります(アメリカのキリスト教右派の人たちと同じ心性)。
 僕自身は、ここに指摘されている道徳は、全て正しいし、そうでなくては成らないと思いますし、自分自身はそう行動しています。
 ここに示された道徳は「人としてあるべき」ことですし、不変のものだとも思います。でもそれが現実の社会の実態と合わなくなっているのであり、社会の実態を変えないと、昨今の悲惨な事件に見られるように、人間が人間ではなくなってしまします。
 では社会のどこがおかしくなっているのか。どう変えるのか。
 このあたりについては、長くなりますので、僕のサイトの「論文と批評」の項目に、少年犯罪について書いたいくつもの分析を読み、あわせて参考図書などをお読みに成ることをお勧めします。

 一点補足。どのような道徳教育も、それを正しいと受け入れる素地が受け手の中に形成されていないときには、生きたものとして受容されることはありません。素地がないまま強制される道徳教育は権力による洗脳です。戦前の「教育勅語」に基づく道徳教育が成り立っていたのは、それが正しいと受け止める素地が、社会の仕組みとしても人々の意識ととしても存在していたからです。戦後占領軍はそれをアメリカ流民主主義に変えようとしましたし、そのために教育プログラムを変えました。でもそれが受け入れられたのは、ずっとあと。アメリカ流民主主義をなんでもありの個人主義(人を殺して何が悪いのという形の)として血肉化してしまったのは、今の30代以下の世代です。それより上はまだまだ封建的・集団主義的道徳観です。30代の世代が幼少期を送った1970年代には日本の社会・家庭は未曾有の激変を受けているのです。
 このあたりは社会学の専門分野です。社会と家庭の問題についての社会学の論考は、最近は新書版にもなっていますから、是非お読みください。


[370] 大事な事への反論忘れてました。 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/03(Thu) 01:02

あなたは私が示した「道徳12項目」について、時代に合わないと一蹴されました。ではそれぞれの項目についておたずねします。
「あなたは教師時代、生徒に対して@するように教育されましたか?また、あなた自身は@されてますか?」
(以下それぞれの番号の項目を入れていって下さい)
@ 親孝行をしましょう
A 兄弟姉妹は仲良くしましょう
B 夫婦はいつもなかむつまじくしましょう
C 友達はお互いに信じあって付き合いましょう
D 自分の行動・言動を慎みましょう
E ずべての人を愛し、助けの手を差しのべましょう
F 勉学に励み、職業を身に付けましょう
G 知識教養を身につけ、才能を延ばしましょう
H 人徳を高め、人格を高めましょう
I 社会や公共のために貢献しましょう
J 法律や規則を守り、社会の秩序に従いましょう
K 正しい勇気をもって国のために尽くしましょう
どうでしょうか、全てについて[YES]ではないですか
これは何も古い事ではなく、人間として、社会人として普遍的なことではありませんか?時代の変化とともに変えていかなければならない事(例えば憲法、法律等)と、そうでない事があるのではありませんか?しかし、毎日のニュースではこの道徳が守れず、悲惨な事件・事故が氾濫しています。例えば「子が親を殺し、親が子を殺す」、「兄弟同士が憎悪し殺しあう」、「成人式での他人の迷惑を考えない勝手な行動」、「職業に就かず親のすねをかじるニート」「政治家・官僚による公金の横領、無駄使い」・・・etc。これは親・教師が封建的・古いとして教育をしてこなかった結果ではありませんか。戦前の日本ではこのような事がちゃんと教育されていたように書いてありますし、私が小さい頃より犯罪の量は圧倒的に増え、その質は陰湿・悪質です。社会形態とか時代の変化で、この道徳があわなくなったのではないと思います。生徒には繰り返し身に付くまでこれらの事を教えるべきだったのではありませんか?では何故このような道徳教育をしなくなったかですが、これはアメリカによる6年余にわたる占領政策と関係します。アメリカはあなた達日教組を始め、社会党・共産党を利用し、徹底的に「戦前の日本は軍国主義で、侵略的で、封建的だ」として宣伝させました。この道徳もアメリカにより教育される事を禁止されたのです。その当時の日本人がこの道徳教育を止めたのではありません。この当時の日本は、軍事占領下で言論の自由が無く、占領軍の批判は一切許されませんでした。では、どうしてアメリカは、このような人間として社会人として必要な普遍的な道徳教育をする事を禁止したのか・・・それは占領目的が、日本が再びアメリカの敵にならないように、「日本人の精神的骨抜き」にあったといわれています。そして現在の日本が、その延長上にあると考えます。同様に大東亜戦争についても、アメリカは自分は善、日本を悪として、「戦争犯罪宣伝計画」なるものを作り、ラジオ、新聞を利用し、占領軍は表に出ることなく日本国民に徹底的に情報宣伝活動をしました。当時の日本人はそのような事情を知らず、これを疑うことなく東京裁判史観として受け入れ、現在に至っているというのが私が知っている日本の道徳教育等に関する歴史です。


[369] 補足 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/02(Wed) 23:40

博多ッ子純情さん。興味深いサイトを教えてくれてありがとう。
 チラッと覗きましたが、面白そうです。暇なときにゆっくり見てみますよ。

 社会主義国の崩壊原因については「独裁だったから」「計画経済だったから」だけでは表面的過ぎますと言っただけ。間違いとは言っていない。「原因・動機・手段」と細かく分けて考えると歴史は総合的に生きたかたちでは捕まえられません。その全てが揃って「原因」なのです。歴史は複雑な要素がからまって総体として動くのですから。

 では、お元気で。


[368] 社会主義国崩壊の原因説明 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/02(Wed) 17:03

「博多っ子純情」は「武士道に憧れる日本男児」でして、この方、食い逃げ、飲み逃げ、いい逃げ等卑怯は事は一切関係なく人生を送ってきましたのであしからず!!

自国民を虐殺したり、処刑したりする社会主義国の独裁者をいつかは打倒したいという動機が国民に継続的にあったが、しかし、経済力・生活力が無くそれができなかった。しかし国の経済力の向上、また情報公開により国民の国家政府に対する不満を、国民相互が共有できるようになり、独裁国家・社会主義国を崩壊させるため、国民は立ち上がり、崩壊させた・・・でいいでしょう。もしひどい国家でなかったら、国民は国家体制を崩壊するような事はしなかったでしょう。だから社会主義国崩壊の原因は「独裁国家であったから(原因・動機)」と書きましたがおかしいですか?あなたがいっているのは「何故国民が国家体制を崩壊させることができたか(手段)」ではありませんかね。「計画経済」でも同様だと思いますが・・・・
 さて話は変わりますが、今全国の教師集団の組織として[TOSS」という約1万名が加入したインターネットを利用した「授業技術改革」が行われています。各教師はそれぞれHPをもち、公開しています。これがなかなか素晴らしい内容で暇な折はいつも拝見しています。歴史教育もイデオロギーにとらわれず、自由にやられているようでいい事だと思います。教師も本来の姿に変わっているようで、大変嬉しく思っています。向山洋一さんの本も素晴らしく数名に薦めましたが、なかなか好評でした。ご参考までに!!


[367] 言い逃げですか? 投稿者:コアラ 投稿日:2005/11/02(Wed) 11:25

 博多ッ子純情さん。やっとご自身の意見を言っていただきましたね。ありがとうございます。
 でもこれで終わりですか?。これって「言い逃げ」じゃない?。
 まあ、終わりにしたいのならそれでも良いですが、あなたの意見にはたくさんの事実誤認がありますので、それだけ指摘させてください。

@社会主義国崩壊の原因について

 たしかに社会主義国は、「崩壊すべくして崩壊した」のです。そしてそれは「共産党一党独裁」だったからそうなったのですし、技術開発には「計画経済」では追いつかなかったからです。
 でもこれでは事実の表面だけ見たに過ぎません。
 なぜ共産党は、かってはスターリンや毛沢東や金日成のように間違った政策に反対する国内の人々を国家権力で弾圧できたのに、東欧革命やソ連の崩壊の時には、共産党の政策に反対する人々を国家権力で弾圧できなかったのでしょうか。
 かっては人々に国家権力に対抗する力がなかったのです。それは国があまりに貧しすぎて、人々は国家にすがり、国家の施しにすがらなくては生活ができなかったからです。日々生きるのに精一杯。それも国家のわずかの施しがなくては生きられない。それではいやでもじっと耐えるしかありませんでした。だからあなたが指摘したような恐怖政治に抵抗したのは、一部の知識人だけだったのです。だからこの人たちは粛清された。
 しかし資本主義との60年にわたる経済競争・軍拡競争は、社会主義国も、資本主義のやりかたを徐々に取り入れるしかなくなり、進んだ資本主義のオートメーションシステムを取り入れました。それによって国が徐々に豊かになるとともに、人々は国家にたよる度合いが減ってきます。そして徐々に入ってきた進んだ資本主義の国からの製品は、その国の自由や民主主義の思想を運び込み、同時に発達した通信手段は、直接進んだ資本主義の国の情報を社会主義の国の人々が手に入れることを可能にしました。
 もちろん共産党官僚は通信・情報を統制しましたが、たとえば東欧は西欧の隣ですから、直接西欧のテレビやラジオ放送を見ることが出来ます。
 またあからさまな独裁では人々の不満を抑えられなくなることに気付いた共産党官僚は徐々に国内の民主化を図り、かっての犯罪の一部も明らかにするなどしました。
 さらに80年代以降は、官僚統制でうまく動かなくなっていた計画経済(計画経済だからだめなのではなくて、官僚統制で労働者の自主性も自発性も圧殺するから、計画が計画でなかったからです)をすてて、自由主義経済システムをどうにゅうしました。
 こうした諸要素が重なって、社会主義国の中に、国家に抵抗できる人々の力が形成されたのです。
 だから「共産党独裁だから」「計画経済だから」、崩壊したのではありません。今でも北朝鮮は「共産党独裁」「計画経済」のままで、国内の人々を犠牲にして金正日体制を維持していますが、国内からは抵抗運動はまったく起きません。これは国があまりに貧しすぎ、国民が国家に頼らないと生きられない状態だからです。人々の金体制への抵抗力をつけるには、まず経済を自由主義経済システムに徐々に変化させ、国を豊かにして、国民が国家に頼らずに生きていけるようにすることが前提条件なのです。
 だから社会主義国家が崩壊したのは、自由主義経済との競争に負け、それを取り入れざるをえなくなって、そのことが、人々に豊かさと国家から自立して暮らす力と思想とを与えたからです。
 「独裁国家だから崩壊した」などという認識では、事実誤認もはなはだしいですよ。

@−2 社会主義はどこにあるか

 社会主義はバーチャルな世界ではないですよ。今、資本主義は徐々に変化しています。豊かな暮らしを手に入れ、国家に頼らなくても生きていけるようになった人々は、あちこちで自治的な組織を作って、国家の機能を自らが管理・運営する動きを始めています。それは政治だけではなく、福祉や教育・医療、そして農業や、くらしの全般にいたるまで広がっています。
 資本主義の国も決して自由ではないし、平等でもない。最近ではどんどん金のある者がどんどん豊かになり、貧しいものはどんどん貧しくなる社会になりつつあります。そんな中で、国家は、ますます金のある者がもっと豊かになれることを援助するだけで、貧しいものを切り捨てる方向に動いています。アメリカのブッシュはその最たるものだし、小泉もその方向に動いています。
 それに対して、自立した人々は、国家の動きを統制し、国家にたよらずに生きていける社会・経済システムをつくろうと努力し、禿たかのように人々の生き血を吸う金融資本の動きも統制して、今の資本主義を「よりましな資本主義」にかえようとしています。この動きはやがて国家のありかたをも変えてしまうでしょう。これこそかって「社会主義」として構想されたものではないのでしょうか。すでに社会主義は、現実のものになりはじめているのです。

A真の教育について

 あまりに観念的ですね。それに歴史の認識も間違っている。ほとんど「つくる会」の人々の歴史認識です(この詳細な批判は僕のサイトにありますので、良かったら見てください)

B日本人の道徳について

 ほとんど教育勅語と同じですね。この道徳は、日本がまだ貧しく、血縁集団や地縁集団に頼らないと生きていけない時代には有効でしたが、今みたいな発達した資本主義の世の中では、ほとんど有効性はありませんよ。ほとんど崩壊しています。
 その中でいくら「大事だ!素晴らしい!守れ!」と言ったところで意味がありません。大事なのは、なぜ「家族が壊れてしまって、兄弟姉妹・親子がいがみあったり無関心になったのか」を社会の変化に即して考察し、では親子兄弟、そして地域の人々が互いに尊敬し互いに助け合えるような社会にするには、社会をどう変えていったらよいかと考えることです。

 博多ッ子純情さんの考えは、あやまった歴史認識と、失われた過去への追憶にしか基礎を置いていません。

 言い添えておきますが、僕は3年前に教員を退職してますので、とっくの昔に日教組の組合員ではないし、組合員であった時代にも、独自に「真の教育(あなたのとは違いますね)」を目指した実践活動をしてきました。
 多くの教員が同じように苦闘していますよ。日教組=左翼というあなたの認識も、色眼鏡で見た、幻想に過ぎませんね。

 では、お元気で。


[366] 日教組に望む事 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/11/02(Wed) 08:24

ご返信有難うございます。「崩壊した国々が社会主義(国)とは考えていません。現在の欧米や日本のように資本主義経済機構をベースにしないと実現しません」・・・なかなかのものだと思います。。
@社会主義国崩壊の原因について
さて、歴史的事実として、彼の国の独裁者がやってきたことを並べてみましょう。
●スターリン:恐怖政治をひき自国民?千万人を殺した。

●毛沢東:文化大革命で数百万〜2000万人を殺した。
     大躍進に失敗し2000万人〜2500万人を餓     死させた。
●金日成:初期政治委員10名の内、9名は変死、処刑、事     故死等で死亡し、金日成だけが残った。
     日本人拉致を行った。
●ポルポト:4年間に自国民の3分の1を殺した。
このように並べると社会主義国のドンはヒットラーに勝るとも劣らない名だたる極悪人ですね。自国民をこれだけ殺したのですから、これだけでも即崩壊してもおかしくありませんでしたか?国家権力で押さえ込んだのでしょうね。日本において1950〜60年代朝日新聞初めマスコミは、北朝鮮は
「地上の楽園」と宣伝し、これを信用したした日本人妻が北朝鮮に渡りました。しかし、北朝鮮は逆に「地上の地獄」でした。日教組(社会党)と北朝鮮との親密な結びつきについてインターネットでも多くの事が書かれています。土井たか子委員長も金日成の事を賞賛していました。拉致問題について辻本議員は、常に北朝鮮の立場に立ち、「朝生」でとうとうと喋っていました、日本の国会議員であるにもかかわず・・。
(金美麗さんがある場で”辻本さんの問題なのは秘書給与疑惑問題ではないのです。この人は日本を愛していないのです”と言ってました)。さて社会主義国が何故崩壊したかですが、簡単に言えば「共産党一党支配による独裁国家」だったからではありませんか?社会主義国の現実が「鉄のカーテン」で隠されていた時は、よかったのですが、情報の発達により、上記のような独裁者が自国民を大量に虐殺していたというような事、言論出版の自由もまったく無く、また経済的にもかなり困窮しているというような、その驚愕の実態が次々に明らかになり、世界が社会主義に幻滅したのですよね。当たり前ですね。また社会主義のドン、ソ連は米国との軍拡競争で経済的に困窮し、特に先端技術の争いでは、日進月歩の発達に計画経済ではついていけず、経済的にも破綻した。いってみれば社会主義国は、「つぶれるべきして、つぶれた」というのが私の見解です。もっともコアラさんは、これ等の国は「社会主義国ではなかった」といわれますので・・・とすると、あなた方が理想としていた国は、現実には世界に存在せず、、今流行のバーチャルな世界の国家という事ですか?
今後も、この高度に発達した資本主義国を「共産主義国家」に変えるための努力をされるということですか?現実性のまったくない空論だ、というより”怖い”と思いますね!!一つの組織が「空論の社会主義」をめざし、他方は「よりましな資本主義をめざす」・・・これって自己矛盾きわまれりと思います。どうでしょう、今までの日教組は左派の確信犯GPにまかせ、コアラさんは組織から脱退っていうのは!!そして教育活動に専念しては、と僭越ですが思います。
A真の教育とは
教育の目的は「後継者の育成」でしょう。そしてどのような人間を育てるかですが、先に書きましたように「公教育では日本人を育てるのでしょう。立派な日本人は世界に通用します。
そのためには「歴史と国語」が大事です。そして農耕民族としての起源を持つ、この国の国柄を教えるのです。歴史教育に当たっては”大東亜戦争が資本主義だったから起こった”などという偏狭なサヨク史観を教えてはなりません。日本の立場に立ち、先人たちの苦難、そしてそれを克服してきた歴史を事実に基づき、淡々と教えるのです。考えても見てください。世界的視野で見ると、今日本は経済大国と呼ばれ、言論出版の自由は保障され、曲がりなりにも衣食住は他国に比し、恵まれています。これは誰がその基盤を作ってくれたかと思います。我々の先祖に感謝ではありませんか”コアラさん
B日本人の道徳について
日本人として生きるための道徳ですが、具体的に示しましょう
 1親孝行をしましょう
 2兄弟姉妹は仲良くしましょう
 3夫婦はいつもなかむつまじくしましょう
 4友達はお互いに信じあって付き合いましょう
 5自分の行動・言動を慎みましょう
 6すべての人を愛し、助けの手を差しのべましょう
 7勉学に励み、職業を身につけましょう
 8知識教養を身につけ、才能を延ばしましょう
 9人徳を高め、人格を高めましょう
10社会や公共のために貢献しましょう
11法律や規則を守り、社会秩序に従いましょう
12正しい勇気をもって国のために尽くしましょう

これが我々の先祖が、長い期間を経て築いた「日本人としての道徳」です。コアラさん素晴らしいと思いませんか!!今毎日悲惨な凶悪犯罪が発生しています。これの大半は、この道徳教育で防げませんか。日教組は社会主義国が崩壊し、戸惑っているとコアラさんは書いてます。しかし何も困る事はありません。我々の先祖の知恵を借りればいいのです。そう、「農耕民族の原点」にかえればいいのです。

とりあえず、これで一区切りとしましょう。またの機会に。色々と有難うございました


[365] Re[364]: 次なる質問ですが・・ 投稿者:コアラ 投稿日:2005/10/31(Mon) 18:14

> 前回のコアラさんのご返答へも関係しますが、次なる質問について日教組なり、コアラさんのお考えを教えてください。

次々と核心をついた質問をされますね。質問が多いので、まず@の問題だけお答えしましょう。なお、前々回に僕が質問した「真の教育」をどうお考えなのか。ぜひお教え頂きたいですね。
 また、この問題について日教組(左派)がどう考えているかは知りません。おそらく混乱していると思いますが。

@社会主義国が次々に崩壊した原因は、何だと考えますか?

 まず、これらの崩壊した国々が「社会主義」であるとは考えていません。社会主義は、かってマルクスも論証したように、現在の欧米や日本のような高度に発達した資本主義経済機構をベースにしないと実現しませんし、僕の考えでは、今日の欧米のような、一人一人の市民が主体的に社会のあり方を代えて自己管理しようとする高度に発展した市民社会をベースにしないと実現できないものです。
 しかし最初に、1913年に始まる資本主義の危機と植民地争奪戦争の中で社会主義革命が成功したロシアは、資本主義と言ってもまだ前代の封建制の色彩が色濃くのこり、市民社会がまったく形成されていない国だったので、社会主義をめざす革命が成功し、労働者が権力を握ったものの、資本主義としてもさらに高度に発展させるには、多くの改革が必要であり、それには資金も技術者も知識人も足りませんでした。ロシアの革命を主導したレーニンなどは、この国が社会主義に至るには、発展した資本主義と市民社会をもった西欧で社会主義革命が起き、社会主義合衆国西欧の援助がないと、絶対に不可能と考えましたし、事実そのとうりでした。
 しかし1919年、そして23年のドイツ革命は失敗し、西欧ではどこも社会主義革命が成功せず、社会主義を目指したロシアは完全に孤立しました。そのため革命を植民地諸国に広げながら、自力で農業の暫時的改革と工業発展のためのコンビナート建設などを組み合わせて、なんとか来るべき西欧での社会主義革命成功まで、ロシアの国力を維持する策をとりましたが、結局西欧の社会主義革命は実現しませんでした。その上、1929年以降、再度危機に陥った資本主義西欧では、資本主義を革命から守り、さらに植民地を奪取して発展をはかるために、国内の資本主義に対抗する勢力を暴力的に根絶やしにしようとするファシズムの勢力が勃興し、ドイツとイタリアではこの勢力が政権を確立し、ドイツはソ連に攻め込んでくるという危機に陥りました。ロシアは完全に孤立したわけです。
 その危機の中でロシアでは権力が共産党官僚によって簒奪され、国内でも恐怖政治が敷かれるとともに、急激な農業集団化によって農民の富みを奪い取り、それを元手にコンビナート建設が進められ、一定程度工業は発展しました。この新しいロシアの政権(スターリンが首班です)はその恐怖政治の下で、自国のみで社会主義に到達できると宣言し、事実社会主義に到達したと宣言しました。そしてドイツの侵略をアメリカや西欧資本主義と結んで戦い抜くことでロシアに対する資本主義の包囲を少しでも緩めようと画策しました。資本主義と共存するために中国などでの民族解放闘争が社会主義革命に至るのをソ連の力で封殺する(1927・8年)ということまでやって、資本主義と共存しロシア包囲を少しでも緩めようとしました。
 この動きの背景には、資本主義はもうすぐ崩壊する、この戦争を通じて崩壊するという読みがあったからです。
 しかし大戦争の結果として資本主義は崩壊しませんでした。戦後はアジアの旧植民地で社会主義革命がソ連の意思に反して成功し、その拡大は、資本主義の崩壊にいたるかもしれないと期待をもたせました(だから朝鮮戦争やインドシナ戦争が起きたわけです)が、この革命の拡大は、巨大な力をもった資本主義アメリカの力で抑えこまれ、資本主義は倒れませんでした。
 いや倒れるどころか、予想に反して急激に発展し、今日の欧米や日本にみられるような、大衆の生活も豊かになるという驚異的な発展を見せたのです。資本主義は生まれかわったわけです。
 ロシアはかろうじて東欧を占領し、自己の衛星国をここにつくって発展した西欧・アメリカと軍事同盟を結んだ西欧との間に緩衝地帯をつくるのがせきのやまでした。そして経済と政治の国家統制をつよめ、発展した資本主義の商品と新たな思想が入ってくるのを抑えて、さらには植民地での解放闘争が革命に至らないように抑制して、資本主義と平和共存して、なんとか政権を維持しようとはかりました。
 以後、30年以上にわたる発展した資本主義との経済競争や軍事競争の中で、ソ連には社会的政治的な矛盾が蓄積し、人々は社会主義ではなく、発展した資本主義と結びついて、自由な国家を願うようになりました。
 こうして高度に発展した資本主義との競争に破れた自称「社会主義」国家であるソ連は崩壊し、以後西欧資本主義の自由競争経済を取り入れていったわけです(衛星国である東欧は、ここはロシアに比べて発展した資本主義と市民社会を持っていたので、ここはいちはやく発展した西欧に呼応して政治革命を成し遂げ、資本主義圏に合流しました。これがロシアにも波及したわけです)。
 今残っている自称「社会主義」国家は、必死に経済と政治を共産党が統制しつつ、徐々に自由主義経済システムを取り入れることで(ソ連のように急激に自由主義経済を取り入れると大衆の政治的圧力で共産党官僚が政権から追い出されるだろうと考え)、権力を維持したまま、資本主義への軟着陸をしようと苦闘しているのでしょう。

 ここまで書いていて気付きました。これであとのABCの質問にも答えられます。
A中国について
 「どう思うか」という問いは意味が不明。ですから今の中国の現状をどう考えているかお答えします。@の答えの、共産党官僚の統制の下で徐々に市場主義を導入して、権力を彼らが維持したまま、資本主義へ移行しようとしている状態です。しかし市場経済化が農民の収奪で行われているため、都市と農村の経済格差が深刻になり、不満が爆発しそうな状態で、そうなると中国の経済はガタガタになり、日本も含めた世界経済がガタガタになるので、これは困ります。

B北朝鮮の拉致について

 これは孤立して危機に陥ってきた北朝鮮労働党官僚が、国内を締め付けつつ、韓国を暴力的に転覆して朝鮮革命を進展させようとして画策した事件。朝鮮人と見分けがつかない日本人を拉致して、日本人になりすました、または在日韓国人に成りすました工作員が韓国に潜入して内部から混乱させ、混乱に乗じて軍隊の力で無理やり統一しようとする工作の一貫。でも失敗して北は、なんとかして中国式に徐々に市場経済化する方向に動くが、それには周辺諸国からの援助が不可欠なので、核を脅しにつかって援助を得ようとしている。周辺諸国は北が崩壊して難民が数千万人も流れ込んでは自国が崩壊するので、しかたなく条件をすりあわせつつ援助に踏み切ろうとしている状態。

Cキューバ危機と朝鮮戦争

 朝鮮戦争はだから資本主義は崩壊すると考えていた北の官僚が軍事冒険主義的に行動して仕掛けて逆襲され存亡の危機に立たされたもの。中国のおかげで助かった。キューバ危機は逆にアメリカが仕掛けた。足元のカリブ海にうかぶアメリカの事実上の植民地キューバに社会主義革命が起き、これがアメリカの経済圏である中南米に広がることを懸念したアメリカ政府はキューバ革命政府を軍事的につぶそうと画策。成功した革命を見捨てては自分の面子のたたないソ連官僚がキューバの求めに応じてキューバに核兵器搭載可能なミサイル基地を建設したので、アメリカが核兵器を使おうとして起きた危機。

 僕はこう考えています。こんな答えでよいでしょうか?。


[364] 次なる質問ですが・・ 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/10/31(Mon) 01:08

前回のコアラさんのご返答へも関係しますが、次なる質問について日教組なり、コアラさんのお考えを教えてください。

コアラさんは今の時点では「よりましな資本主義」をめざしているそうですが、ご返答の文脈からは、まだかなり「社会主義=善」という意識が強いように受け取れます。それで次なる質問への見解を教えてください。

@社会主義国が次々に崩壊した原因は、何だと考えますか?

A今の中国についてどのように感じますか?

B北朝鮮による拉致問題についてどう考えていますか?

C「キューバ危機」はソ連という社会主義国が起こそうとし た、また、「朝鮮戦争」は北朝鮮が起こした戦争だと思い ますが、これについてどう思いますか

よろしくお願いします!!


[363] 教育をめぐる様々なことについて 投稿者:コアラ 投稿日:2005/10/29(Sat) 11:30

博多ッ子純情さんの質問は的を射ていて答えがいがありますね。

@「公立学校教育者の仕事は何ですか?」について

>教育者は何をする人かと考えると、国民の子弟をあずかり、知識・人間教育をする人だと思います。

 そう。これはその通りですよ。ただここで指摘されている「知識・人間教育」の中身、実際のあり方が問題ですね。あなたはこれをどのように考えておられるのでしょうか。

@−1「政治活動と教育」の関係について。
 たしかに教育においては「特定の政党を支持し、その理念を広げるような活動をしてはならない」という意味では、政治活動と教育は分離すべきですが、「政治と教育」は分離できません。たしか教育基本法でも「主権者としての教育」、言いかえると「公民教育」が必要だと定めてあるはずです。つまり「政治を決定するのは政治家ではなく、主権者たる国民」だということ、そして国民は政治家を選ぶのがその権利であるだけではなく、その政治家を罷免したり、直接政治に参加して政治のありかたを直接決めることができる(これは地方政治においては法制化されていますが、国政においては具体的権利としては請願権しか法制されていません)ということを前提にして、主権者たる国民としてどのような権利と義務とがあり、それをどのように行使する権利が定められているのかを教え、さまざまな具体的事例に沿って、自分たちが主権を持った時(大人になったとき)にはどう行動すべきかをシュミレーションして討論したりする教育を行えということを意味しています。
 しかし残念ながら戦後の日本の公教育においては、このような政治教育=公民教育はまったくなされていません。理由は簡単です。民主政治を単純に代表者に政治を任せることだと思いこんでしまって、国民一人一人が自立して、自分の考えや判断に基づいて政治的に行動することが民主政治だとは考えなかったからです(これは戦後の日本人総体がそうだということです)。そのため生徒一人一人の考え方や価値観を形成するという教育は行われなかった。ただ与えられる知識を覚えるだけの無味乾燥な教育だけだった。
 この意味では東京裁判については戦勝国と敗戦国日本では異なった理解があるという提起をして、どう考えるか討論を組織する歴史の授業があると面白いですね。
 だから「学生は国の事に無関心になった」のです。学校で学ぶ目的は何かと問われれば「立身出世」(いろいろな言いまわしがありますが単純化すればこうなります)としか答えられなかった現実と相俟って、政治は政治家にまかせて国民は金儲けにまい進するという社会になったのですよ。
 ただ最近の若者の政治に対する無関心さはこれとは別ですね。世の中めちゃくちゃ。若者はどんどん就職先も奪われ、就職しても安定した職はなかなか得られず、その上、このような無茶苦茶な会社経営を放置してきた政治家と社会への不満。それが「どうにもならない」という諦めという無関心を生んでいます。でもこれは政治家へのお任せではありません。変えたいし変えて欲しい。でもその夢を託せる政治家がいないということ。だから小泉がもしかしたらその夢をかなえてくれるかもしれないと思って、今回の総選挙では若者が多数自民党に投票したのでしょう。

@−2 「国旗・国家反対運動」について

 この運動は、それほど昔からあるものではありません。戦後直後には日の丸・君が代を廃止して他のものにかえようという動きが保守・革新をとわず強まって、かえようとした経緯があります(日教組の組合歌「緑の山河」は君が代に変える新しい国歌として考えられたという経緯があります)。
 その後60年代は、あまり君が代・日の丸が問題になることはなかったはずです。多くの学校において卒業式や入学式でも普通に旗が掲げられ君が代が歌われていたはずです。
 問題になり「反対闘争」が起きたのは、たしか70年代の中頃。学習指導要領に「日の丸・君が代」が載り、「生徒に指導するもの」という項目に入ってからです。だから「反対運動」の最初は「強制反対」だっと思います。
 だからこの運動の歴史は30年ほどしかないと思います。
 しかもこの運動が盛んになったのは日教組左派が有力な地方だけ。右派の強いところでは問題にもならなかったはず。
 今でも反対運動が根強いのは、東京など一部だけ。左派がまだ反対にこだわっているのと、東京都の石原知事のようにこれを「踏絵」として実施して、教育委員会に従わない教師を根絶やしにしようという動きが強いところで、反対運動が激しくなっているだけです。

>また国旗・国歌を否定するというのは、国を否定し、権力を悪と規定する事に結びつきませんか?

 もちろんその通りです。明言しないまでも反対運動を担っている人はそう考えているはず。だがこれが若者の国に対する無知・無関心の原因ではありません。東京のように激しい弾圧と反対運動がせめぎあう状態が長く続くと、逆に若者の政治的意識を高め、あなたがおっしゃるような「権力=悪」という考えが、石原知事の思惑に反して広がる可能性はあります。

@−3 「教師と生徒の関係について」

>この関係は上下関係だと思います(コアラさんがいう抑圧者と被抑圧者の関係ではないと思いますし、社会では多分通用しない、独善のように思います)。

 ただの上下関係、指導するものされるものという関係なら問題はありません。だったらなぜ全国の学校において教師に対して生徒が暴力を働くという事件が頻発するのでしょう。また、昔の担任を刺殺したかったと言って学校に侵入し、たまたま行き会った教師を刺殺する人が現れたのでしょう。
 教師は生徒を評価する権限をもっています。そしてこの評価のいかんがその生徒の人生を左右します。そして残念ながら今の評価は客観的基準などなく教師の主観で行われています(行動・性格に関する評価はまさしくそれ。学力評価ですら教師の好き嫌いが入ってくることは常識)。だから生徒は教師の顔色をうかがって生きているわけです。
 こういうのをただの上下関係というのでしょうか。

A教育基本法について

 教育基本法は残念ながら本当に絵に描いた餅で、その理想に近づけるための行動はほとんんどなかったのが現状です。だって読んで御覧なさい。教育活動において生徒は「個人として尊重」などされていますか?。ほとんど養鶏所のブロイラーですよ。
 日教組は、この法律の改廃が問題になったとき(50年代の末と今日)、ただこれを守れと言っているだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
 僕の意見は、これは改正する必要はない。この理想を実現するための「行動計画」こそ造られる必要があるということです。この行動計画は、社会をどう「個人を尊重」する仕組みに変えるかということを含み、その中の一部として学校をどう変えるかという計画が立てられるべきだと思います。

B日教組は今でも資本主義は悪、社会・共産主義は善なのでしょうか

 もともと日教組としてはこう考えてきたわけではありません。これは日教組左派の考え。
 しかしあなたがいうように「社会主義」が崩壊した今日では「社会主義」を理想と掲げられなくなり、どうしたらよいのかわからず混乱しているのが現状でしょう。
 僕の当面の目標は「よりましな資本主義」。

B−1 この前の大戦について

>大東亜戦争は、日本が資本主義国だったから戦争になったのですか?時の国内・国際情勢ではないのですか?社会主義国であったら戦争にはならなかったのですか?

 「大東亜戦争」は、日本という植民地を広げないと繁栄できない資本主義国(これを帝国主義という)と、同じく植民地を広げないと繁栄できない資本主義国であるイギリス・フランス・オランダが、中国とアジアを巡って取り合った戦争ですよ。
 だから日本がそういう資本主義国だったから戦争になった。戦後の日本はアメリカにならって、植民地を必要としない資本主義国、大衆の生活を豊かにすることで市場を広げて繁栄する資本主義国(これを帝国主義=前期資本主義に対して、後期資本主義とか、フォーディズム資本主義と言う)に変わったので、戦争をする必要がなくなったのです(西欧も同様にアメリカにならったので植民地とりあいの戦争はなくなったわけ)。
 「日本が社会主義だったら・・・」。あの時点で日本がソ連流の社会主義にはなるわけがなかったので、これは仮定としてもありえないことです。

 こんなお答えでよろしいでしょうか。



[362] 公立学校の教育者の仕事は何ですか? 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/10/29(Sat) 05:55

コアラさん、誠実なご返信ありがとうございました。意見の違う人の話は聞いてみるものですね。僕の知らない事も多くあり参考になりました。さて、返信の内容について再度メールで意見をお聞かせ下さい。

@公立学校教育者の仕事は何ですか?
 教育者と政治の違いについてですが、私はこの国の国家体制を決めるのは国民であり、それにより選ばれた政治家だと思います。国民の選挙で選ばれるのですから、民意を反映しなければなりません。その選挙には国家体制も含んでいると思います。旧社会党・共産党の、特に冷戦終了後の退潮は、それを表していると思います。では教育者は何をする人かと考えると、国民の子弟をあずかり、知識・人間教育をする人だと思います。この関係は上下関係だと思います(コアラさんがいう抑圧者と被抑圧者の関係ではないと思いますし、社会では多分通用しない、独善のように思います)。そして、教育基本法では、その8条で政治教育については「学校は特定の政党を支持し、これに反対するための政治教育、その他政治活動をしてはならない」と規定されています。しかし、戦後日教組がやってきたことは、歴史的背景があるとはいえ、明確にこの規定に反し、国家体制は社会主義を理想とし、旧社会党・共産党と連携し、政治活動をやってきたのではないかと思います。その一つが「国旗・国歌反対運動」だと思います。これが生徒に影響を与えていないと書いてますが、今も東京都を初め全国学校の入学式・卒業式では混乱しています。また国旗・国歌を否定するというのは、国を否定し、権力を悪と規定する事に結びつきませんか?私は若者を始め、色々な人と国の事を話しますが、驚くほど国の事を知りませんし、関心もありません。これは日教組の政治活動と関係していませんか?国と敵対してきたのですから、当然授業でも、教育をしてこなかったという事はありませんか?その結果、学生は国の事に無関心になったとはいえませんか。歴史教育では、東京裁判史観を教え、これを事実の全てとし、自国の言い分を教えてこなかったのではありませんか?日教組の教育が学生に影響を与えていないというのは、まったく納得がいきません。こう考えてきますと、教育者は「子弟の知識・人間教育に専念すべきではなかったかなと思います。政治活動は政治家に任せるべきで、失礼ですが、教育者は接する情報量が政治家に比し、かなり貧弱で視野が狭いように感じます。また、政治家は現実への対応が常に求められますので、現実の変化に敏感ですが(社民党・共産党は憲法問題にしても、まったく鈍感ですが)、教師は理想を述べるのみで、現実を見ない傾向があるように感じます。これが戦後の変化から、日教組の考えが乖離した理由ともいえませんか?さて結論ですが、「餅は餅屋」にまかせればいいのではないかと思います。
A教育基本法について
私は「教育基本法」を始めて読みました。確かに「教育の目的」を見ても、はっきりしません。私が述べた「公教育では、日本人を」という考えが記述されていませんね。不備があるように思います。それでこれは教育の基本法であり、これはあなた達教育者がかかわるに、最もふさわしい「餅」だと思います。さて、この不備な法律について、教育を実践されてきた集団として、「改正案」は存在するのでしょうか、もしあれば、それはどの点を改正しようとされているのでしょうか、是非教えてください。また、今まで教育基本法について、どのような運動なり主張をしてこられたのでしょうか、教えてください。
B日教組は今でも資本主義は悪、社会・共産主義は善なのでしょうか
コアラさんの返信に「戦争の惨禍の記憶の新しい時は、戦争を生み出した資本主義は悪で、社会主義は善に見えたのです。だから資本主義日本を誇りに思うことはないですね」とあります。大東亜戦争は、日本が資本主義国だったから戦争になったのですか?時の国内・国際情勢ではないのですか?社会主義国であったら戦争にはならなかったのですか?これもちょっと理解できません。それとあと一つ、コアラさんの現時点での、理想の国家体制は「資本主義」ですか、それとも「社会主義」ですか?
 いや〜随分と長い文章になりました、もう、夜が明けそうです。反対者の意見を聞けるというのが、資本主義社会の有難い事だと思います。特に日本では、中国・北朝鮮・韓国とは違い言論の自由がまったく保障されています。本当にいい国に生まれてよかったなと思います。では、お休みなさい!!


[361] Re[360]: 日の丸・君が代闘争の限界・・を読んで 投稿者:コアラ 投稿日:2005/10/28(Fri) 14:39

博多ッ子純情さん。今日は。僕の日の丸・君が代闘争の限界に関する文を読んで頂いてありがとうございます。
 論旨をきちんとつかんで、僕の言いたいことをちゃんと理解してくださったコメントです。
 その上で、いくつか勘違いがありますので、指摘させてください。

> 私は始めて日教組のこの問題に関する考えを知りました。とにかく驚きでしたし、失礼ですが、笑ってしまいました。余りに一般社会とは乖離した、その左翼的考え方の異常さにあきれました、

 そう。極めて異常ですよ。今から見ると。でもこれは戦後直後ならば一般社会から乖離してもいないし、逆に雰囲気としては一般社会も共有していた考えです。しかし戦後の高度成長の過程で、一般社会の方が変わったのです。
 でもこれは正しくは日教組の考えではありません。日教組左派の考えで、教員の数で言えば少数派ですね。

>このような人が教育現場で生徒に教育してきたと考えると、今の凶悪犯罪の氾濫も理解できるような気がします。

 それは違いますね。君が代・日の丸に反対するような思想が「教育活動」として生徒の心に大きな影響を与えたとは思えません。左翼であれ右翼であれ、そして中間派であれ、教師は生徒の抑圧者ですから、彼らから思想を与えられることはありません(多くの生徒にとっては)。むしろ、あまりに個人の欲望ばかりを重視する傾向の強い教育や社会の全体の雰囲気の影響が人の心を蝕んでいるのでしょう。

>日の丸・君が代についていえば24歳の女教師の反論(日本人としてごく常識的な見解)に10名の日教組右派の連中が沈黙したというのには、思わず笑ってしまいました。あなた方の運動はそれほど”浅い”感情論を根拠にやってきたのですか?

 ただしくは「日教組左派」の教員です。つまり左派が戦後60年一貫して受け継いできた「国家観」が、戦後60年の一般社会の変化によって生まれた新しい「国家観」とずれてしまったということですよ。戦争の惨禍の記憶が新しい時には、戦争を生み出した資本主義は「悪」で、社会主義が「善=理想」に見えていたのです。だから資本主義日本を誇りに思うことはないですね。
 しかし資本主義が左派の理解に反して発展を続け、豊かで自由な社会を生み出すと、一般社会の理解は変わったわけです。豊かで自由な日本への誇りという形に。

>公教育では、アメリカはアメリカ人を、中国では中国人を、韓国では韓国人を育てるのではないですか?しかるに、あなた達は日本の教育者でありながら、資本主義という国家体制を否定し、社会主義を理想とし、「反日日本人」を大量に作ってきました。何という傲慢・横暴かと思います。

 日本の戦後の公教育は「日本人」をつくることを目的とはしてきませんでした(教育基本法を見てください。だから今、右から批判されているのでしょ)。そこには「人間」としての理想像だけで、「日本人」の理想像が明示されていない、現実の日本社会と理想との乖離を前提に、どう理想に近づけるのかという「方策」が明示されていないのだから、教育基本法に書かれた理想は「絵に描いた餅」になり、現実にはなんの影響力も行使し得ません。だから、その法の下で行われる教育は、「個人」として現実の社会の中でいかに立身出世するかという欲望を丸出しにした人間像にしかなりえなかったと思います。
 日教組(左派も右派も)が推進した平和教育も、自分だけが(日本だけが)平和なら他はどうでも良いという雰囲気を作っただけです。
 だから「社会主義」が崩壊し冷戦が終わり、世界が混沌としてきたときに、その混沌の現れである戦争にどう対応したらよいかわからなくなったのです。
 戦後の公教育が作ったのは、あなたのいう「反日日本人」ではありません。自分さえよければと考える欲望丸出しで、傍観主義の人間ですよ。

>理想とした社会主義国、ソ連・中国・北朝鮮・ベトナム・カンボジア等の現状はどうだったのですか??自国民をどれだけ虐殺しましたか、言論出版の自由はありましたか?ソ連が崩壊した時点であなた方は、間違いを認め、猛省すべきではありませんでしたか、理想と現実は180度違っていたのではありませんか。今からでも遅くありません、イデオロギー論争などという前世紀の遺物みたいなものにとりつかれた”闘争”を止め、真の教育に目覚めてください。

 その通りですね。ここまで言うと、私のまわりの人たちの反発が強いので、「論文」では書きませんでしたが、これが僕の言いたいことです。
 ただ「真の教育」とは何かということについては、あなたが何をイメージされているのか不明なので、賛否を表明することはできませんが。


[360] 日の丸・君が代闘争の限界・・を読んで 投稿者:博多ツ子純情 投稿日:2005/10/28(Fri) 05:14

私は始めて日教組のこの問題に関する考えを知りました。とにかく驚きでしたし、失礼ですが、笑ってしまいました。余りに一般社会とは乖離した、その左翼的考え方の異常さにあきれました、このような人が教育現場で生徒に教育してきたと考えると、今の凶悪犯罪の氾濫も理解できるような気がします。日の丸・君が代についていえば24歳の女教師の反論(日本人としてごく常識的な見解)に10名の日教組右派の連中が沈黙したというのには、思わず笑ってしまいました。あなた方の運動はそれほど”浅い”感情論を根拠にやってきたのですか?公教育では、アメリカはアメリカ人を、中国では中国人を、韓国では韓国人を育てるのではないですか?しかるに、あなた達は日本の教育者でありながら、資本主義という国家体制を否定し、社会主義を理想とし、「反日日本人」を大量に作ってきました。何という傲慢・横暴かと思います。理想とした社会主義国、ソ連・中国・北朝鮮・ベトナム・カンボジア等の現状はどうだったのですか??自国民をどれだけ虐殺しましたか、言論出版の自由はありましたか?ソ連が崩壊した時点であなた方は、間違いを認め、猛省すべきではありませんでしたか、理想と現実は180度違っていたのではありませんか。今からでも遅くありません、イデオロギー論争などという前世紀の遺物みたいなものにとりつかれた”闘争”を止め、真の教育に目覚めてください。この”論文”なるものを見て愕然としました。コアラさん如何ですか??


[359] 同じ穴のムジナ 投稿者:コアラ 投稿日:2005/08/23(Tue) 23:30

 こんばんは。ののはなさん。
 あちこちで「つくる会」の教科書が採用されかかっているのですね。長引く不況と中国の躍進の影に隠れてしまいつつある日本の現状と、それに対して無策な政治の混迷は、民族主義という阿片を多くの人々が必要とするほどの苛立ちを生み出しているのでしょうか。
 「なんで日本はこんなにふがいない国になったんだ」という問いを追求したとき、民族主義の甘い罠の虜になった人たちには、それは「大東亜戦争」後の日本のありかたが間違っていたという結論になっているようです。このとき日本はアメリカに平身低頭して軍隊を放棄するとともに、以後アジア諸国にも平身低頭、謝罪を続けている。この日本の態度が間違いのもとだというのでしょう。
 そういう意味で、歴史的事実をもまげて「日本はすばらしい国だ」と叫ぶ心性は、戦後一貫して対米追従をしてきた政治指導者たちの対米コンプレックスが生んだ鬼っ子だと思われます。だから、「つくる会」に同調する人々は「反米」を現実の政治目標としては掲げはしません。あい変わらずアメリカのお追従をしてごまをすることで日本の地位を維持しようとし、その反面として「反中国」であり「反韓国」、いわばアジアを敵として認識し、それらの国々を馬鹿にし攻撃します。結局はこの人たちも、今の対アメリカコンプレックスを持って、アジアに謝罪しつつも裏側の心性としてはアジアを馬鹿にしつづけてきた政治指導者とほとんど同じ心性を持っていると言って間違いないと思います(表面的な言動とは違い)。だから「つくる会」の人々と、政治指導者のタカ派の人々はだんだん行動が同じになり、やがて一体になっていくのでしょう。
 今の政治を批判するところからはじめた「つくる会」が、政治の側がどんどん戦後のありかた・価値観を放棄する方向に動くにしたがって政治批判ではなく、日本の右傾化の尖兵になっていったのはそういうことではないでしょうか(日本を戦争のできる国にするという目標においては自民党の改革派と、民主党の多数派(これも改革派)とは、まったく同じだから、傾向としては日本は右傾化していますね)だから今回はあちこちで採択され始めているのだと。


[358] 区議会も一枚岩で恐ろしい! 投稿者:ののはな 投稿日:2005/08/22(Mon) 23:04

 コアラさんの「つくる会の教科書」のページをゆっくり読ませていただいています。うちの区でも、区議会であわやつくる会の教科書が採択されそうになりました。傍聴に行った同僚から、区長が「日本の歴史の光の部分を強調した教科書だ」と評価したと聞いて???だったのですが。今回は見送りになってほっとしていますが、市民運動も不活発な区の情報はなかなか入りにくい情勢です。区内の私立校でもこの教科書が採択の候補になっていて、校長が区立の学校の出方を見守っているようです。オセロのように一カ所黒に転じると一気に行く危うさを感じたこの夏でした。
 さて、そうしたときに、コアラさんの分析はなかなか意義があります。『日本人独自の美意識』が客観的な資料の比較対照によって、生徒に自らの発見とするのではなく、巧妙に仕組まれた罠では、これは大変ことになりますね。たしかに<あらかじめ作られたドグマとして、生徒に提示される結果>これは確かに教育ではなく、マインドコントロールですね。それは政治指導者層のコンプレックスからくるのですか。このあたりもうすこし教えてください。


[357] これでいいのか! 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/07/07(Thu) 21:30

腹に据えかねてきたので書かせていただきます。

【教頭編】
その1
出張の教員の代理で県大会の引率をすることになったのに、出発時間を過ぎても爆睡して起きない。しかもそれは薬物乱用防止教室という外部講師が来ている場の職員席の一番前。

その2
昼休みから職員室のソファで爆睡。6時間目が終わり、生徒が掃除しに来ても起きない。

その3
週報によく間違いがある。しかし訂正もせず、毎日「週報通りです」と言う。きちんとチェックしているのだろうか。管理能力を疑う。

その4
県大会引率のため自家用車に生徒を乗せていくことになった教員が教頭に「事故などあったらどうするのですか」と聞いたら「自家用車のほうが便利だから」と答える。絶句。

こんな調子で、授業がなくても平気で職員室を空っぽにし、自分の仕事は他教師に預けてしまう大変な、ウチの学校の教頭である。
それを見習っているのか、教務主任も教育実習生に授業をさせ、自分は職員室のソファで昼寝。いいご身分である。我々の半分近くの空き時間があっても足りないのだろうか。その証拠に、自分の授業はちょくちょく学年合同の授業にし、時数を稼いでいる。学年3クラスなので1時間の授業で3時間分ある。
そんないいご身分なので、他教師に対して暴言を吐きまくっている。指導主事訪問で2時間連続授業が当たった先生がいた。それを教務主任に言ったら、「1時間ぐらいどうにでもなるだろう」といわれたそうだ。
また、教務部の教師が「時数計算の先生が集計できていないのですが」と言ったら、教務主任は「そのくらいちゃんとやらせろよ、ガキの使いじゃないんだから」と言われたそうだ。

信じられないでしょう? でもこれがウチの学校の実態なんです。


[356] 初めまして 投稿者:萌子 投稿日:2005/06/19(Sun) 18:07

どうも義務教育がおかしい、それで書き始めましてん。
お暇な折にでもどうぞ。

http://fss.hp.infoseek.co.jp/zuiso.htm


[355] Re[349]: たしかにひどい・・・ 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/06/17(Fri) 07:50

吾亦紅さん、はじめまして。複数のの方々からコメントをいただくと、一層客観的に自分を見つめ直すことができるのでありがたく思います。

横暴なやり方だというのは、校長・教頭・教務以外全職員が感じていることです。ただみんな年齢が若いので、なかなか口に出せないのです。しかも何か言うと時間割にて授業がたくさん入り、嫌がらせか?と思われるようなこともあります。誰もが同じように思っています。

校長は教委に加配などを要請するべきだと思うのですが、腰が重くて。まぁここいらは私が職員会議等で、ダメ元で要望やらを言っていこうと思っています。

ついでに・・・
私は夏からスキー競技の県大会事務局の仕事をしなければなりません。週あたり22.6時間で。管理職の配慮が全く欠けているのです。
ちなみに校長は地区中体連の副会長です。





[354] Re[348]: 言いたいことは? 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/06/17(Fri) 07:41

明日から中学総体です。

>「無記名アンケートにしろ」と要求したほうが良いと思いますが。

人の気持ちが解る人なら、 記名させても、結果一覧に実名をあえて明記しないと思うんですよね・・・記名アンケートだから必ずその人の名前を明記しなければならないって事もないと思うのですが。無責任だと思われる記述は結果一覧に載せなければいいのだし。
ここいらは思いやりかな? お互いに気持ちよく仕事をするために必要なことだと私は思っています。


[353] また来てください 投稿者:コアラ 投稿日:2005/06/13(Mon) 23:36

元ベーシストさんへ

 noiseのメンバーですね。懐かしいね。あの時からもうすぐ8年の歳月が経とうとしているんですね。きみももう23歳か。
 あの文化祭の取り組みは全国的に見ても極めて進んだ楽しいもの。他人に誇っても良いものですよ。
 また来てください。


[352] 懐かしすぎる 投稿者:元ベーシスト 投稿日:2005/06/13(Mon) 03:46

97年の文化祭でベースを弾いてたぼくです。その頃の先生のニックネームは、ザビでした。今もバンド活動はしていますが、ボーカルをしています。いや〜〜本当に懐かしい。また寄らしていただきます


[351] Re[350]: 大仏の事で… 投稿者:コアラ 投稿日:2005/06/10(Fri) 23:29

 カブレイラアリサさん、こんばんわ。
 宇宙戦艦ヤマトのファンサイトの管理人さんが、大仏や行基の何を調べておられるのかわかりませんが、とりあえず下記のサイトで検索してみたらどうでしょうか。

http://www2m.biglobe.ne.jp/~Accord/KENSAKU/index.htm

 ここは「閼伽出甕」という、歴史に関するウエッブ上の資料を「もれなく」検索しリンクを貼ってあるというサイトです。お勧めです。
 またもう少し具体的な質問があったらまた質問してください。


[350] 大仏の事で… 投稿者:カブレイラアリサ 投稿日:2005/06/10(Fri) 20:39

突然すみません。私カブレイラアリサです。私は今大仏について調べていて色々探してるんですけど見つかりません。行基の事とか大仏の事とか、なにか知って知っていたら教えて下さい。よろしくお願いします。( ^.^)( -.-)( _ _)

http://www11.plala.or.jp/labyrinth/


[349] たしかにひどい・・・ 投稿者:吾亦紅 投稿日:2005/06/08(Wed) 23:08

突然の割り込みお許しください。
はじめまして、ごくせんさん。
ずいぶんな学校だなって思いました。
教師の勤務の多忙さを理由(?)に「教務主任の一存」で、事がどんどん進められていく。ここに、ごくせんさんの不安があるのでしょう?わたしも疑問に思います。どんなに多忙でもお互いに了解していないと、おかしな組織になっていくのではないでしょうか。わたしの前任校での一番の不満は議論がないことでした。

次に「アンケート結果に個人名」ってことですが、わたしはやっぱり書きにくいですね。自分がみんなの意見を集約する教務担当だった時は、いつも箇条書きにまとめていました。
多少微妙にニュアンス変わるかも知れないけれど、いくつかの意見をまとめて集約していました。それをたたき台にして、議論の柱を作って、職員会議に臨むのが教務の仕事って風に思っていました。
しかし、前任校では、ごくせんさんの学校のように、教務主任だけが、校長室に呼ばれてあれこれ注文をつけられて「はあ〜」ってため息をついては自分一人で原案を出していました。彼は主幹だったのでたしかに今は中間管理職。「先生は、みなさんの気持ちがわかって板ばさみで、つらいですね」って言うと、「そうです。手当返していいから、こんなつらい仕事はしたくない」ってこぼしていました。これってどこがおかしいのでしょうね。

今の職場は会議が多すぎてとても多忙です。でも、強制異動で、職員の多くが人間関係を作れていない状態なので、これでいいとわたしは思っています。

今の文科省の基準では、上限の持ち時間でそうなるのですね。ごくせんさんはそれを上限まで持っている。大変ですね。わたしは13+4です。後期から+2ということで今からびびっていますが。ごくせんさんの脳みそが働かない状態ってわかります。本当は教師はそれじゃいけないのですが、教育委員会の人たちは現場のことわからなさすぎるのではないでしょうか。ちょっと教師の定数の基準を見直してくれればと思うのに、このごろは再任用の人や再雇用の人まで定数に入れているから、ますますひどい。
ところで、ごくせんさんはどうしたらいいと考えておられるのかしら。


[348] 言いたいことは? 投稿者:コアラ 投稿日:2005/06/01(Wed) 23:02

ごくせんさん。こんばんわ。
>週30コマ、私は毎日が5/6の授業、職員会議も6時間短縮授業の後です。脳味噌が働きませんわ。

 うーん。大変ですね。毎日では。

>私も教務主任の経験がありますが、準管理職というものは法的に存在しませんが・・・
それどころか、教務主任が独善的に物事を進めるのって、学校運営上、いいことなのでしょうか? ま、そうせざるを得ない場合もないとは言えませんが。

 教務主任が管理職ではないことは知っています。僕の狭い経験では管理職みたいに独善的に動いている人が多かったので、普通かなと思っただけです。独善的に動かれると動くものも動かなくなることは確かです。

>それからアンケートの件ですが、実名の公表は、職場の中だけとは言え、基本的人権の尊重、言論の自由の侵害については全く問題がないのでしょうか?
再度書きますが、転任、退職した先生方の実名も明記されているんですよ・・・もし自分だったら、嫌な気持ちになると思いますねぇ・・・
いかがでしょう?
 
 僕が言いたいのは、「記名アンケートならば実名を明記するのは当然だ」ということです。それには前年度の反省なら当然転任した人や退職した人の意見も実名つきで公表されます。法的にも問題ないと思います。
 「嫌な気持ちになる」ということは、「アンケートは実名でその結果を公表しない」という思いこみがあるからではないでしょうか。僕が現役で文化祭の責任者をやっていたときに、反省は常に記名アンケートで行い、結果は実名つきで発表した時にも、ごくせんさんと同じ反応があって、同じように答えたことがあります。実名公表では自由に物をいう雰囲気が損なわれると思うのならば、「無記名アンケートにしろ」と要求したほうが良いと思いますが。



[347] Re[346]: おかしくないかも? 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/06/01(Wed) 22:49

こんばんわ。週30コマ、私は毎日が5/6の授業、職員会議も6時間短縮授業の後です。脳味噌が働きませんわ。

> >  教務部って打ち合わせをして動くものなのですか?。僕の経験では教務主任というのは準管理職で、教務部の他の部員は主任の手足に過ぎないと言うのが常識だと思っていました。

教務部という一分掌であるならば、学年や教科から出たことを意見や要望として出してもらい、みんなが仕事しやすいように企画するのかと思っていました。
私も教務主任の経験がありますが、準管理職というものは法的に存在しませんが・・・
それどころか、教務主任が独善的に物事を進めるのって、学校運営上、いいことなのでしょうか? ま、そうせざるを得ない場合もないとは言えませんが。

法的には、
学教法施規第22条の3B
校長の監督を受け,教育計画の立案その他の教務に関する事項について連絡調整及び指導,助言に当たる。 

施行通達の留意事項(2)イ 
校長の監督を受け,当該学校の教育計画の立案・実施・時間割の総合的調整,教科書・教材の取扱い等教務に関する事項について教職員間の連絡調整に当たるとともに,関係教職員に対する指導,助言に当たるものであること。

「連絡調整」が「無連絡強制」となっていると思われます。

それからアンケートの件ですが、実名の公表は、職場の中だけとは言え、基本的人権の尊重、言論の自由の侵害については全く問題がないのでしょうか?
再度書きますが、転任、退職した先生方の実名も明記されているんですよ・・・もし自分だったら、嫌な気持ちになると思いますねぇ・・・
いかがでしょう?

>  また、アンケート結果を公表する時に、それぞれの意見を誰が出したのかを明記する方法もありだとは思います。特に記名アンケートは書いた人の責任も問うものでもあるからです。だれが書いたのか誰にもわからないようにするには、無記名アンケートを実施するしかないと思いますね。アンケートといえば公表する時には意見を言った人の名前は公表するものではないという間違った通念がありますので、あえて公表することは、だんだん意見を言えなくなる雰囲気を作る意図もあるかもしれませんね。ただし、無意識でやっているだけかもしれませんが。


[346] おかしくないかも? 投稿者:コアラ 投稿日:2005/05/31(Tue) 23:09

ごくせんさん、こんばんわ。コメントするのが遅れてすみません。

 教務部って打ち合わせをして動くものなのですか?。僕の経験では教務主任というのは準管理職で、教務部の他の部員は主任の手足に過ぎないと言うのが常識だと思っていました。
 また、アンケート結果を公表する時に、それぞれの意見を誰が出したのかを明記する方法もありだとは思います。特に記名アンケートは書いた人の責任も問うものでもあるからです。だれが書いたのか誰にもわからないようにするには、無記名アンケートを実施するしかないと思いますね。アンケートといえば公表する時には意見を言った人の名前は公表するものではないという間違った通念がありますので、あえて公表することは、だんだん意見を言えなくなる雰囲気を作る意図もあるかもしれませんね。ただし、無意識でやっているだけかもしれませんが。


[345] 今年度もおかしな話 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/05/25(Wed) 23:02

あっと言う間に1学期も折り返し地点に差しかかってきました。
今年度もこれでいいのか?ということがたくさんありますが、その一部を。

その1
昨年度とは違う学級・学年経営案の様式が、運営委員会も職員会議も通さず、教務主任の一存でいきなり机上に渡され、1週間もない締切に提出するようにとありました。その中には、進路意識の欄もあり、教務部からのプリントで進路意識調査のプリントが添付してありました。内容は進路調査です。進路指導主事はそのことを知りませんでした。また、教務部とはいっても、教務主任以外のメンバーは部内での話し合いもなかったと言っています。相変わらずバタバタしているのでそのまま流れてしまいましたが、これっておかしいですよね?

その2
教育課程編成会議の時期になるとどこの学校でも行われている学校評価、ウチの学校では月別の学校評価の記入用紙も渡されます。提出した物は教務主任がまとめ、次の月の職員会議資料の中に綴じられますが、その中には書かれた意見とともに、書いた人の名前も明記されています。例えば、「6時間授業の後の会議は時間も少なく疲労の度合いが強いので5時間授業にならないか」(草g)といった感じです。いわゆるアンケート結果に個人名が明記されるのですが、これってどうなんでしょう? ちなみに4月の会議資料には3月の学校評価結果、転任、退職した先生方の名前まで明記されていました。


[344] 新しい出会い 投稿者:コアラ 投稿日:2005/05/24(Tue) 22:31

初夏ですね。庭の花は春の花はみんな終わってしまい、すっかり夏の雰囲気です。でも、学校と言う社会では春は格別ですね。新しい出会いがありますから。
 吾亦紅さん。子供達と良い関係を作っていますね。授業を通じて。前の学校でも今の学校でも。これが一番大事。でも今、一番ないがしろにされている所でもありますが。


[343] 春っていいな、でももう初夏ですね。 投稿者:吾亦紅 投稿日:2005/05/23(Mon) 23:40

前任校の子どもたちがたくさん、家にきました。
やっぱり、あの子たちのことなんでも知っている自分に驚きました。新しい学校の子らとはこれからですね。授業は今のんびりやっています。それでもみんなよくついてきてくれます。春はほんとうにいいものですね。


[342] 美味しい実もなる 投稿者:コアラ 投稿日:2005/05/13(Fri) 23:25

吾亦紅さん。こんばんわ。
 庭では藤の花が終わり、今はベニウツギの花が満開。そうそう、桑の木にはおいしそうな実がたくさんあって赤くなっています。グミの実もおいしそうですね(・・・食べる話しばかり)。花では、月見草・昼咲月見草・紫蘭・アヤメ・ムラサキツユクサ・ムシトリナデシコ・ニワゼキショウなど、どんどん咲いています。最近やっと庭の花にレンズを向ける気になってきて、4月は5本もフィルムを使いました。
 吾亦紅さんのホームページ。毎日見ていますよ。前より落ち着いた感じになりましたね。「楽しい子供向けのもの」。良いかもしれません。子供達にとって楽しいものは、大人にも楽しいと思いますね。まあ、ぼちぼちいきましょう。


[341] ニセアカシアの咲く季節 投稿者:吾亦紅 投稿日:2005/05/13(Fri) 01:16

コアラさんのお家の庭には初夏の木々が花を咲かせているのではないでしょうか。
わたしは先日、河川敷に咲いたニセアカシアの枝をちょっと頂きました。たった一房の花を花瓶に生けると、上品な匂い。昔住んでいた千葉県の沼のほとりでの楽しい日々を思い出しました。
コアラさんはお家の方、すこしは落ち着かれましたか。
今回はわたしのHPのことでいろいろご心配をおかけしました。めげるつもりはありませんが、世の中に風向きが不安です。楽しい子ども向けのものにしていこうと努力中です。


[340] おかしな話し 投稿者:コアラ 投稿日:2005/04/27(Wed) 00:15

こんばんわ。コアラです。

> 時数が足りないというよりは、標準時数からオーバーしている教科の分は、不足している教科に回っていないとならないはずです。要するに、時間割りを組む際の調整不足ということがいえるでしょう。

 なるほど。時間割の調整不足ね。様々な活動のなかで自然と過不足が出るので調整は不可欠ですね。

> 12月あたりまでに調整しないと過不足は避けられません。が、その辺を意見しても聞く耳を持たない教務主任です。
> 教頭もアドバイスすらしない状態で、困ったもんだ。

 できたら毎日各授業ごとの実施記録をとっておいて、その月のうちに過不足を調整しておくとかなり問題は解決できると、昔一緒にやっていた教務主任は言っていました。標準時間が確保できればかなり「学力の向上」も可能だとも。でも大部分の教務は面倒がってやりませんね。だから不足する教科は泣き寝入りし、結果として中味を削ることになりますね。おかしなことです。
 要は、管理職の怠慢。資質の問題かな?。


[339] Re[335][334]: 時間割 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/04/26(Tue) 21:30

こんばんは。

> > 授業時間が足りない原因は何ですか?。やはり行事が多す

経験上、地域の持ち込み行事もあまり多くはない学校だと思っています。時数が足りないというよりは、標準時数からオーバーしている教科の分は、不足している教科に回っていないとならないはずです。要するに、時間割りを組む際の調整不足ということがいえるでしょう。
私も教務主任として週毎時間割りを組んだことがありますが、12月あたりまでに調整しないと過不足は避けられません。が、その辺を意見しても聞く耳を持たない教務主任です。
教頭もアドバイスすらしない状態で、困ったもんだ。
今年度は週30コマです。予算と同じで、赤字が出たからといって予算を増額しても、やりくりを工夫しないとまた赤字が出るのは目に見えています。これで時数が不足したらいよいよ7時間授業でしょうか。でも、指導要領にもあるように、中学生にとって7時間授業は過重負担になると思います・・・。


[338] 授業時間が足りない原因 投稿者:コアラ 投稿日:2005/04/19(Tue) 22:51

 ごくせんさんこんばんは。

> そう、年間90時間÷35週で、週平均2.6時間の体育なのですが、1学期は1.9時間、2学期は1.7時間と言う具合で、3学期にしわ寄せが来たんですね。ちなみに国語も10時間ほど不足、英語は6時間ほどオーバーと、過不足が激しい昨年度でした。

授業時間が足りない原因は何ですか?。やはり行事が多すぎるのかな?。僕が3年前に勤めていた学校でも授業が不足し、年130時間の社会科を僕は99時間で計画を立てておき、実際は110時間程度というのが実態でした。しかもその中には40分授業の時間も多数ありましたので、実質的には50分授業に換算すると100時間程度だったと記憶しています。


[337] Re[335][334]: 時間割 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/04/19(Tue) 21:28

コメントありがとうございます。

> > いえ、私も書きこみされているのを知りながら、なかなかお返事もさしあげず失礼しました。父の葬儀(3月2・3日)が終わったところだったものですから忙しくて。

それはそれはご愁傷様でした。私も2年前、父を亡くしました。

生徒たちが体育の時間を楽しみにし、体育が好きなのは嬉しいことです。

> >  ということは先の状態は、年度末に授業の足りないのを補正した結果ということで、それでも不均衡は解消されないということですか?。

そう、年間90時間÷35週で、週平均2.6時間の体育なのですが、1学期は1.9時間、2学期は1.7時間と言う具合で、3学期にしわ寄せが来たんですね。ちなみに国語も10時間ほど不足、英語は6時間ほどオーバーと、過不足が激しい昨年度でした。


[335] Re[334]: 時間割 投稿者:コアラ 投稿日:2005/04/12(Tue) 23:00

> かなりご無沙汰いたしました。

いえ、私も書きこみされているのを知りながら、なかなかお返事もさしあげず失礼しました。父の葬儀(3月2・3日)が終わったところだったものですから忙しくて。

> 卒業のシーズンですね。当校でも来週火曜日が卒業式です。よって来週は水〜金の3日間しか授業ができないのですが、ウチの時間割、すごいんです。
> 私の受け持つ体育の授業、あるクラスはその3日間で合計5時間あります。来週は毎日5時間授業ですので、15コマ。つまり、3日のうち、まる1日が体育という勘定です。
> いかがですか? 感想をいただきたいと思います。

 体育の好きな生徒なら大喜びでしょうね。いや勉強が嫌いな生徒も喜んでいるかも?。体育の授業の中身が生徒の選択制になっていて、自分で課題を決めて取り組み方を考え、それをどう工夫していくかという授業だったら、余程体育が苦手な生徒以外は、まる一日体育でも嬉しいのではないのでしょうか。

> そして再来週、いよいよ3学期最後の週になりますが、結局そのクラスの体育は標準時数から7時間ほど足りないまま終わります。

 ということは先の状態は、年度末に授業の足りないのを補正した結果ということで、それでも不均衡は解消されないということですか?。


[334] 時間割 投稿者:ごくせん 投稿日:2005/03/11(Fri) 21:08

かなりご無沙汰いたしました。
卒業のシーズンですね。当校でも来週火曜日が卒業式です。よって来週は水〜金の3日間しか授業ができないのですが、ウチの時間割、すごいんです。
私の受け持つ体育の授業、あるクラスはその3日間で合計5時間あります。来週は毎日5時間授業ですので、15コマ。つまり、3日のうち、まる1日が体育という勘定です。
いかがですか? 感想をいただきたいと思います。
そして再来週、いよいよ3学期最後の週になりますが、結局そのクラスの体育は標準時数から7時間ほど足りないまま終わります。


[333] 日本の宝 投稿者:コアラ 投稿日:2005/03/10(Thu) 08:12

 「どうなるんでしょう」さん。今日は。コアラです。

>といっても、日本はちがう項目で変な方向に向かっています。
> フリーター、ニート、学力低下(学習に対して無目的)。
> 学校がバラバラ。(地域内でも)
> 学校内(職員間)がバラバラ。

そうですね。日本ではいろいろの問題が起きています。でも一つ一つの問題をその原因にまで遡って考えて見ると、それは長い間の日本の繁栄を支えていたしくみが「制度疲労」を起こしていて起きたものであり、そのしくみをどのように替えたら日本がもっと住みやすい国になるということを示しているのだと思います。「非行は宝だ」と言った教育者達がいましたが、今日本で起きているさまざまな問題は、今後の日本のありかたを示す宝だと僕は思っています。


[332] 心理テスト 投稿者:どうなるんでしょう 投稿日:2005/03/09(Wed) 22:13

賛同できるものはありません。
意図的に項目を選んだのか知りませんが、嫌な質問が多いですね。といっても、日本はちがう項目で変な方向に向かっています。
フリーター、ニート、学力低下(学習に対して無目的)。
学校がバラバラ。(地域内でも)
学校内(職員間)がバラバラ。


[331] Re.心理テスト 投稿者:コアラ 投稿日:2004/12/08(Wed) 08:12

紀丁雅さん。「心理テスト」をしてどうしようというのですか。あなたは、人を、その考え方で色分けすることしかできないのですか?。あなたが書かれた質問からは、あなたが今の政治を批判する人をただ「反日分子」として嫌っているなと言うことが読み取れます。またそういうあなたも「今の政治」には批判を持っておられることも読み取れます。ただ私とはその批判の起点が正反対だけ。
 建設的なのは、今の政治に対する批判を、具体的な問題に絞りながら、それぞれが批判する起点の考え方をお互いに検証することではないでしょうか。


[330] 簡単な心理テストです。 投稿者:紀丁雅 投稿日:2004/12/08(Wed) 00:08

あなたはいくつ賛同できますか?

「石原都知事は嫌い。田中康夫が好き。」
「筑紫・久米・関口は良いことを言う。」
「憲法9条を守ろう。」「アメ公でていけ。」
「防衛費を減らそう。」「外国人参政権に賛成」
「天皇は不要」
「愛国心はいらない。日本国など好きになるな」
「民主党や社民党が大好きだ。」
「やっぱり新聞は朝日新聞に限る。」
「さすが、報道のTBSは良い放送局だ。」
「自民党は悪い政党だ。」
「警察と自衛隊が嫌い。」
「日本軍はアジアで悪いことばかりしていた。」
「新しい教科書をつくる会の教科書を採用するな。」
「靖国神社に参拝するな。」
「日の丸や君が代を生徒に強制するな」(在日なら当然か)
「日教組活動かんばるぞ。」「組合活動がんばるぞ。」
「日本はアジアに謝るべきだ。」
「夫婦別姓を認めろ」「女らしさという表現は女性の自立を奪う」
「かわいいとかスタイルがいいとか外見をどうこう言うのはセクハラだ」
「専業主婦の夫も家事を半分やれ」「田嶋陽子が大好き」
「自衛隊のイラク派遣反対」「フセインは良い人だがブッシュはダメ」


[329] カリキュラムと動機付け 投稿者:コアラ 投稿日:2004/11/23(Tue) 22:28

 ののはなさん、こんばんわ。
 総合学習は大変そうですね。でも生徒とともに行う実践活動ってやはりいいですね。生徒達の顔が浮かんできそう。うらやましい。

 総合学習には年間を通じたカリキュラムの作成が不可欠です。ボランティア活動をするのなら、それを通じてどんなことを生徒に気付かせ身につけていくのかという目的と、それを実現するためにはどのような活動を積み上げて行くのかの計画が不可欠。計画なしでやってもそれなりに成果は出ますが、疲れることがその倍もあったりして、結果的には効果半減どころかマイナスになり、「もうやりたくない」ということになりかねないですね。また、カリキュラムを作る過程で教員相互の討論が不可欠でもあります。
 でも具体的な課題に身を持って取り組むと言うことは、教師の計画の無さを乗り越えて、想いもよらない成果を生むものです。高齢者のボランティアを選んだ女生徒たちの言葉にその片鱗が見えますよ。
 無計画さを補い出きるだけ成果をあげようと奮闘されているののはなさんに頭が下がります。その奮闘からきっと豊かな果実を実らせてくれる生徒が1人でもいれば、それで当面は良しとしましょう。


[328] ひどい総合学習 投稿者:ののはな 投稿日:2004/11/23(Tue) 21:21

コアラさん、こんばんは!
ご無沙汰しました。
いつも明快なご意見ですね。ナットク!

今、学校で総合の時間に「ボランティア」をやっている(やらされている)のですが、これでいいのかと疑問に思うこと多いです。朝、机上に今日の指導案が担当から配られ、いきなり当日の仕事になるのですが、よく読めないこと多いです。打ち合わせなしなので。ほとんどの問題点はここに集約されるのでしょうが、担当の教員は総合学習なんてやりたくないのに担当にさせられたから、自転車操業しているって感じです。2週間前いきなり「今日は12月に行うボランティアのグループ分けをします。友人関係で選ばないで」と言って、体育館でその場で4つにグループに分かれるという乱暴なもの。教員が4人なので。先生はAグループへと言われて、高齢者ボランティアへ。あるクラスの男子がほとんど人間関係で来ていました。「どうしてここを選んだの」「あなたは高齢者になにができるって思っているの」「高齢者ってどんな人だと思っているの」「高齢者ってすき?」などと問いかけをしましたが、これは指導案にないこと。で、他のグループはさらに2.3人のグループに分かれて代表を決めて、施設に電話をかけに行く様子。これが午後の2時間です。生徒が次々に事務室や主事室に電話を掛けに行くので、向こうでは怪訝な顔。また、電話をいきなりかけられた方では事務的な一方通行に中学生の声(マニュアルを棒読み)にいたずら電話かと思って、居留守を使ったり、拒否したり。これって、なんなのよ!ってわたしは怒りに近い感情。
翌週までの放課後は毎日生徒もわたしも受け入れ先探し。そして翌週の総合の時間。1時間はパソコン室で、1時間は図書室で、ワークシートを埋めるための資料探し。わたしはそんなことより「この1週間で、お互いになにを学んだのか、話し合う」ことが意義あることと考えたが、そんなわたし(高齢者)の意見はどこでも言う機会もなかったので、生徒たちの側に行っては、話しかけた。
女の子たちの中からは「ボランティアしますって言うだけで喜んでもらえるうわけではない。迷惑をかけないようにしなければ」という意識が生まれた。「自分になにができるかと考えることがよかった」という声も聞こえるようになった。男の子はいぜんとして「高齢者=障害者」と考え、嫌い!という声。なのになぜ?どこかのグループに入らなければならないから、向こうにはイヤな子がいるから。このレベルです。テストが終わったら、もう少し話しこんで見ようと思っていますが。こんなひどい総合学習ってないよ。コアラさんの実践が夢のようです。


[327] 「反日」「親日」の無意味さ 投稿者:コアラ 投稿日:2004/11/08(Mon) 10:58

小林遠州さん。こんにちは。面倒なご質問に御答えいただきありがとうございます。ご質問の意図がわかりましたので、僕の考えを述べます。

 遠州さんが僕を「反日的」と考えたのは、僕の言説を見ていて「天皇否定」だと思ったということだそうですが、僕は天皇制を否定してはいませんよ。もちろん天皇と言う「高貴な血の家系」というものに価値を認めないという意味では「否定」と受けとめられると思いますが、別にだからといって「天皇制の廃止」を叫ぼうとは思いません。
 アインシュタイン博士もいっているように、日本の今までの発展に天皇の存在は不可欠です。しかしそれは天皇がいるからではなくて、天皇に象徴される社会制度が日本の今までの発展を支えてきたということです。特に明治以後と、戦後の脅威的といわれる発展を支えたのはそのような社会制度です。
 ではその社会制度とは何かというと、社会学的に言えば「家父長制的社会制度」です。天皇とは日本という家の「父なる存在」。その父なる存在の権威に全ての国民(昔は文字通りの臣民でしたが)がひれ伏し、それの指示・詞を尊重し、その下に一丸となって動くという社会。すなわちそこにおいては西洋的な意味での「個人」は存在しない。個人は集団の利益のために命がけで奉仕するのであって、集団の存続と発展こそ何よりも優先される。これを表した標語が「滅私奉公」です。
 でも天皇は一人ではありません。日本という社会はさまざまな小社会の連合体です。家族という社会には「小天皇」ともいうべき父がおり、地域社会には「ボス」という「小天皇」がおり、会社には社長または会長、またはオーナーと言う「小天皇」がおり、政党や労働組合にも「小天皇」としてのボスがおり、なんと天皇制を否定している政党ですら「天皇」と呼ばれているボスがいる。
 これが日本の発展を支えてきた「天皇」に象徴される社会の構造です。
 この社会の構造が日本を発展させ、その結果個人の生活も潤うのであれば日本の民は天皇をあがめ尊崇します。そして今現在は天皇は多くの民に尊崇されていることは中越地震の被災民を天皇が見舞ったときの様子を見ただけでわかります。
 だから今「廃止」をさけび「否定」して見た所で意味はない。天皇というのは社会のあり方の象徴に過ぎず、その権力者たちの象徴にすぎないのだから。これが僕の天皇に対する考えです。これは「否定」でも「肯定」でもないでしょ。
 ただこの天皇に象徴される社会構造が今後も日本の発展を支えるかということは疑問です。いやすでに発展の阻害物になりはじめているし、個人を抑圧するものだという認識が広まりつつあると思います。それを明確に示した著作として、先般死去された経済学者の森嶋通夫さんの本があります。「なぜ日本は成功したか?(1984年TBSブリタニカ・絶版)」「なぜ日本は没落するか(1999年岩波)」「日本に出きることは何か−東アジア共同体を提案する(2001年岩波)」「なぜ日本は行き詰まったか(2004年岩波)」
ぜひお読みください。
 日本は今、歴史的な転換点にいるのです。そう言う時代に、日本という国のあり方に対して「親日」だとか「反日」だとか「嫌日」だとかで明確に区分しようとすることは無意味だと思っています。


[326] 反日日本人 投稿者:小林遠州 投稿日:2004/11/08(Mon) 00:27

その名の通り「反日的思考をする日本人」のことです。
唐突にもこのような質問をしたのは、この掲示板や一部のコンテンツを拝見した所、どうもコアラさんの思考の根本は反日或は嫌日だと感じたからです。
しかし、コアラさんは中学校の先生をされているようですから、即答できると期待したのですが。残念です。

さて、私がコアラさんに対し反日的だと感じるものの一つに「天皇の否定」があります。とは言え、明日は学校があるので、参考迄に或物理学者の言葉のみを紹介致します。原爆に関するものは虞らく周知のことと存じますので省きました。

 アルバート・アインシュタイン(大正十二年)
「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いている事が今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヶ所位なくてはならないと考えていた。
世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の争いに疲れる時が来る。その時人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史をも抜き超えた、最も古く、又、尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
我々は神に感謝する。我々に日本という、尊い国をつくって置いてくれた事を・・・」

他にも我国の家族制度を称讃しましたが、興味があれば彼の著書「神を語る」をお読み下さい。


[325] Re[324]: 意図 投稿者:コアラ 投稿日:2004/11/07(Sun) 22:47

> つまり、コアラさんは反日日本人ですか。と云うことです。

「反日日本人」って何ですか?。前のご質問より、もっと答えづらくなります。またどうして急に僕にそのような質問をするのですか?。これが僕の聞きたいこと。
 人に物を尋ねる時には、それくらいのことを説明するのが礼儀でしょうね。ネットは、相手がどんな人だかわからないでお付き合いするのだから、そこは通常より丁寧にするものだと思いますが。
 そのような質問を思い立ったわけをご説明ください。それをお教え戴けないと、どのように、そしてどこまで突っ込んでお答えしたら良いかわからないからです。


[324] 意図 投稿者:小林遠州 投稿日:2004/11/07(Sun) 13:54

>ご質問の意図をお教えください。

つまり、コアラさんは反日日本人ですか。と云うことです。


[323] Re[322]: はじめまして 投稿者:コアラ 投稿日:2004/11/06(Sat) 22:20

 小林遠州さん、こんばんわ。

> さて、コアラさんは日本、日本の文化、及び日本国民嫌いですか。或は、天皇や神道的概念は嫌いだが日本自体は嫌いではないと云う、矛盾した考えでしょうか。

 質問の意図がよくわかりません。僕の意見などを読んでのことでしょうか。僕自身、日本文化は好きですし、日常着は着物ですし、平家物語を愛読し、平家琵琶も勉強しています。
 ご質問の意図をお教えください。


[322] はじめまして 投稿者:小林遠州 投稿日:2004/11/06(Sat) 21:27

私は現在、遠州地方の工業高校に通っております。工業なだけあり、文章に至っては見るに堪えぬ有様でございましょうが。一先づ宜しゅう。

さて、コアラさんは日本、日本の文化、及び日本国民嫌いですか。或は、天皇や神道的概念は嫌いだが日本自体は嫌いではないと云う、矛盾した考えでしょうか。


[321] 今は過渡期 投稿者:コアラ 投稿日:2004/08/24(Tue) 22:44

ののはなさん。こんばんわ。写真展、無事終わりました。花の話し、教育の話し、政治の話し、オリンピックの話しなど、いろいろなことをたくさん語り合いました。美しい花々に囲まれて穏やかな気分の中で。そしてこの中で、若い世代の人達の考え方の中や、実際の動きの中に、新しい時代の息吹を感じ、未来への確固とした希望が見えてきました。

 僕が戦時下だと言った理由は、社会を国家を変えようとした政治的運動とその思想は全て敗北・解体され、人々は社会を国家を替えるための思想も組織の失ってしまったという意味。言いかえれば、日本国憲法や教育基本法に体現される、より進歩的な思想をさらに発展させ、社会を国家をより民主的に統制・運営していくしくみに替える努力を怠った結果、それの悪い所は目についても、それを同替えて良いのか見えなくなってしまったということ。

 学校をとりまく状況などはその典型だと思う。

 でも時代は暗黒の戦乱の時代に突入したのかというとそうでもない。むしろ政治運動とは無縁の人達の間に、金や権力や欲望とは無縁の新しい生き方をもとめ実践し、社会を替えて行こうとする地道な努力が行われ、これが大きな力になり始めているように思う。

 時代が真っ暗に見えるのは、そう見える人のかけている眼鏡(=思想)が、完全に光を捉える力を失っているから(=時代を解き明かし行動指針を示す思想としての効力を失っている)。

のようむさん。おひさしぶり。オリンピックを見ていても、時代は動いているような気がします。団体競技の人々には「日の丸を背負っている」という悲壮感が漂い、個人種目のひとびとには、真にのびのびと自分のために戦っているような気がする。もちろん国威発揚のキャンペーンはマスメディアで大々的にはられているのだが、それに押しつぶされている人と、それを横目に見ながらも、自分のために、好きだから頑張っているという人も多い。

 自分のために戦っている人々を中心に世の中を見ると、時代は国家中心ではなく、個人中心へと動いているように見える。

 今は過渡期なんだと思いますよ。自分があたりまえのようにしている価値観を問いなおし、自分には何ができるかを問いなおし、地道に自分のできることを積み上げて行く時のように思います。


[320] 友来たりて 投稿者:ののはな 投稿日:2004/08/24(Tue) 21:35

もう、時代は戦時下だというコアラさんの言葉をかみしめております。オリンピック一色に塗られ、ほとんどの新聞はスポーツ新聞化してしまいましたね。
報道はすべて切り取られたものですが、今、どういう枠で切り抜かれているのでしょうか。
わたしたちは、今、声を上げなければならないのでしょう。

 昨日会った友は語りました。
「3月まで10年間いた学校で、君が代の伴奏はできないと校長と話し、当日は迷惑がかからないように外にいた。で、処分は受けなかったが、4月、通勤に200分かかる他区に強制異動となった。入学式で教育委員会の人がこっそり隠れていて、戒告処分にされた。
自分が住んでいる日本に愛情をもっている。日の丸や君が代の強制の結果、愛国心を持っているのではない。
信念を曲げさせ、我慢を強いることで、人間性がどのように壊れていくのか。自らも経験し数多くの実例もみてきた。
話し合いもなく、目的も理由も説明しない一方的な「再発防止研修」を中止して、と。
あなたと文通していたように、教育委員会に手紙を書いたけれど、読んでくれたのかな?」

今日、友人が来て語りました。
「TVはもうだめですね。ラジオで、人はまだまともなことを言っている。先日深夜のラジオ番組で、おもしろいことをものには時効がある。不断の努力をしてこなかったのだから、教育基本法も憲法も危うくなって当然なのでしょう」と自戒の思いを。

この5年間の(とくにここ3年間)加速のつきようはなかった。教師はほんとうに羽をもがれ、足を折られ、ただの「柿のたね」
時間管理をされ、腐りきった教師。
それはおのれの姿。


[319] Re[317]: わからない 投稿者:のようむ 投稿日:2004/08/24(Tue) 00:11

おひさしぶりです。

> それにしても、やはり矛盾してると思いますよ。
> 学校では反対し、一オリンピックでは何も言わないなんて。

「学校では反対」「オリンピックでは何も言わない」という矛盾ですが、それは「強制の有無」ではないかと愚考いたします。学校現場では、卒業式などの場ではすでに「処分」という強制力を動員して「日の丸君が代」が実施をよぎなくされているという現状がありますが、オリンピックについては、見る見ない、感動するしないの自由が保障されているから「強制」にはあたらない、という発想なのではないでしょうか。
 私は、学校現場に「強制」していく大きな理由の一つにオリンピックを含めたスポーツが使われていることを無視することはできません。スポーツというものは権力を握った者が民衆を自分の都合のいい方向にむけるたいへん有効な手だてだということは、中学生の非行防止に運動部が「活用」されることひとつをとっても明らかなことです。
 今回のオリンピックでは今まで以上に「日の丸を背負って」「フォア・ザ・フラッグ」という言辞があらゆる場面に置いて弄されています。この部分を見落としたままの単純な「強制反対論」は実に脆弱であり、北谷様が指摘されたとおり「矛盾」に満ちたものだと言わざるを得ません。


[318] Re[317]: わからない 投稿者:コアラ 投稿日:2004/08/17(Tue) 22:31

> >国家=天皇のために死ぬ教育にする
> なんか、極端すぎる意見のように感じますが・・・

すごく極端に見えますが、戦前の皇国教育の復活と警戒しています。たしかに民主党や自民党の改憲派は「国の為に死ねる」教育の復活をもくろんでいます。教育基本法の改正論議や憲法改正論議を見てください。ただしそれは天皇のために死ぬという単純な戦前の教育の復活ではありえないと思います。それは何か普遍的な価値。例えば今アメリカが標榜しているような「民主主義を守る」ために死ねるということでしょう。すでにこの考え自体に疑問が生じているのにです。

>
> それにしても、やはり矛盾してると思いますよ。
> 学校では反対し、一オリンピックでは何も言わないなんて。

 そうです。大変矛盾しています。要するに一国主義なんでしょう。日本の中だけ戦争と関わり無く平和であれば、世界はどうあれ、それとは切り離して考えるという。


[317] わからない 投稿者:北谷 投稿日:2004/08/17(Tue) 07:16

>国家=天皇のために死ぬ教育にする
なんか、極端すぎる意見のように感じますが・・・

それにしても、やはり矛盾してると思いますよ。
学校では反対し、一オリンピックでは何も言わないなんて。


[315] 君が代・日の丸は何を象徴するのか? 投稿者:コアラ 投稿日:2004/08/16(Mon) 22:56

 北谷さん。こんにちは。

> 日の丸君が世の問題は、オリンピックの場では語られないですね。
> 学校の卒業式ではあれほど大騒ぎするのにね。強制するからダメなのかな?
> でも国際舞台では「当然」のように日の丸君が世です。
> このあたりを、どう解釈すればいいのでしょうか

 オリンピックは、スポーツの名を借りた国家対抗戦。民族意識・国家意識の発揚の場。このゲームに参加するには、国家のシンボルである国旗や国歌が必要。今の所は日本と言う国家のシンボルは、日の丸と君が代。だからオリンピックそのものに疑問を持っていない人(国家対抗戦であることに疑問を持たない人)は、「日本人の一人」として、たとえその人が学校における君が代・日の丸に反対していても、日の丸の掲揚と君が代の吹奏に感激しているのではないでしょうか。
 つまりこの場合の君が代・日の丸は、自分が所属する国家という集団を象徴しているだけで、その国家のありかたを問題にしてはおらず、この意味で、その感激は、素朴な「民族主義」「国家意識」を示しているだけ。

学校教育の場に君が代・日の丸を持ちこむことは、国家のための教育・国家=天皇のために死ぬ教育にすることを意味していると考えるから、日の丸・君が代反対!と、問題にするのだと思いますよ。この場合の日の丸・君が代は国家のありかたを問題にしているのだと思います。

 君が代・日の丸についてはこのような捉え方のずれがあるんじゃないでしょうか。同一人物の中においても。


[314] (無題) 投稿者:北谷 投稿日:2004/08/16(Mon) 07:22

日の丸君が世の問題は、オリンピックの場では語られないですね。
学校の卒業式ではあれほど大騒ぎするのにね。強制するからダメなのかな?
でも国際舞台では「当然」のように日の丸君が世です。
このあたりを、どう解釈すればいいのでしょうか?


[313] 「戦時下」の日本 投稿者:コアラ 投稿日:2004/08/14(Sat) 22:58

 ののはなさん、日本はすでに「戦時下」にあるのではないかと思う昨今です。そして多くの日本人はそれに気づかず熱にうかされている。

>それにしても、先日の中国でのサッカーの試合でのブーイング??の後、職員室では、中国へのブーイングで盛り上がってたこと思い出して、苦い思い。
歴史を正しく知らない世代が増えては、これから先、他国と摩擦が起きるのでは、と案じられました。
中心の教員は社会科で主幹。とても残念でした。
戦時下のやらせ放送を聞いているならいざ知らず。

 いや、すでに「やらせ放送」の蔓延状態です。中国の人達のブーイングの背景に、中国政府への不満だけではなく、アジアの人々の感情を無視して、アメリカ追随と事実上の憲法改正・靖国参拝を続ける小泉と、そんな彼を総理大臣でありつづけさせる日本への反感があることを伝えたメディアが、どれだけあったでしょうか。
 すでに歴史を正しく知らない世代が蔓延しています(小泉を筆頭にして)。そして外国、特にアジアとの摩擦はすでに起き、はやく修正しないと、日本はアジアの孤児になる。
 中国の人々のブーイングは、その氷山の一角に過ぎません。

 写真展のほうは、暑さとオリンピックの熱気におされ気味ですね。改めてオリンピックって、民族主義・国家意識を覚醒させる政治的装置だったと言うことを思い知る夏です。


[312] 写真展は・・・ 投稿者:ののはな 投稿日:2004/08/14(Sat) 22:38

写真展「風薫る」は今年もいろんな方々から、いい評判を頂いているのでしょうか。ご無沙汰しております。
いつもご案内と、すてきなお花たちありがとう!

露草の青はほんとうにいい色を出しておりますね。
猛暑なればこそ、こうした植物へのあこがれは
喉から手が出るほどですね。

NHKの9時からの番組、いいですね。
こうした敗戦特集は8月にやるだけでなく、毎月6の日、9の日.15の日、そして8の日とやるといいですね。

昨夜の「未復員兵」という言葉が心に刺さりました。
戦争という地獄を見た人間にとって、それからの人生がどんんなにか重かったのでしょうね。
上等兵からの一番つらい命令は「捕虜を殺せ!」
戦場では、人間がこんなにも狂った存在。
今日の特攻隊には、イラクでのこと言えないなって。

それにしても、先日の中国でのサッカーの試合でのブーイング??の後、職員室では、中国へのブーイングで盛り上がってたこと思い出して、苦い思い。
歴史を正しく知らない世代が増えては、これから先、他国と摩擦が起きるのでは、と案じられました。
中心の教員は社会科で主幹。とても残念でした。
戦時下のやらせ放送を聞いているならいざ知らず。

のどかに、コアラさんの写真展が開ける平和な世の中を作っていかねばと、決意した夜でした。


[311] このような事は 投稿者:モトヨウム 投稿日:2004/08/04(Wed) 20:52

用務員を退職して6年経ちました。
民間から用務員になったのです。一流企業でしたが組合が分裂攻撃にあいました。
第一組合の数が僅かな賃金格差で第二組合員が大幅に増えました。
今、教員達にもこの様な劣悪非道な攻撃がかかっているのですね。
職制が上位から職員会で物申せばヘヘ〜という教員有り、己が出世の為、前の会社で経験しました。その為精神がおかしくなり、治癒後、用務になりました。
しかし、そこで感じた事は一流企業と変わらない、お上からの圧力です。
大体、教育委員会も、お上からの指示通り、会社と同じ、云ってみれば、学校の民営化。
6年前から感じておりました。教育委員会に幻想をお持ちにならないで下さい。
教育委員会からシタッパが来ても用務の仕事はさしおいて、お茶の接待、学校現場で働くと教員の苦労が分かります。
上にゴマする教員がホイホイされ、校長、教頭が大きな顔それなら校長・教頭が辞表覚悟で生徒の指導に当たるべき(当然)しかし、6年前から校長・教頭は、上ばかり見て生徒を
、育成する事を忘れさせられたのです。
いやなトセイになりやした・・


[310] Re[301]信じられない 投稿者:或る教師 投稿日:2004/06/27(Sun) 19:52

民主国家日本でこんな事件が発生するなんて
全く信じられません。北朝鮮ではないんですよ。
しかも警察も関わってくれないなんて、
なお、信じられません。
生徒に絡んだ事件だったら全マスコミに流れるでしょうね。
たとえ、大人であっても、そうならなかったというのは
HPに乗せられている内容が事実と違っているんではないですか。
とにかく、悲しいのは一方的にHPで騒いでいることです。


[309] Re[301]: 強盗容疑で校長と教頭が書類送検 投稿者:教師志望の学生 投稿日:2004/06/03(Thu) 15:48

こんな事件があるなんて・・
とても悲しくなりました。
真面目な人が馬鹿をみるなんて、ひどいです。
腐ってます。
そしてやっぱり悲しいです


[308] はるや様 投稿者:のようむ 投稿日:2004/05/10(Mon) 00:00

はじめまして!「一番前の席に座ることが私にとっての意思表明です」…私は「その時」の前にちょろりと抜けて、外でやりすごします。スポーツの試合など、「それ」がありそうなイベントにはなるべく近寄らないようにしているのですが…。
先日、知り合いが「中体連の大会の開会式で、「その時」に坐っていた保護者らしい人がいたんだけど、ガードマンが駆けつけて「なんで立たないのか」って迫っててこわかった」という話をしていました。
教師よしっかりせよ、組合よしっかりせよ、と言っている場合ではなく、はるやさんみたいにきちんと示していくことが今、本当に問われています…へたれの私がどこまでできるか、ちょっと心もとないのですが。
でも、いい世界を築きたいです。へたれなりに、がんばりたいです。


[307] 通りすがりですが... 投稿者:はるや 投稿日:2004/05/09(Sun) 16:59

はじめまして
多摩丘陵について調べていましたらここへたどり着きました。
イラク問題について調べているときはヒットしなかったのに
こんなHPに出会えてほっとしています。
私は中学生の時に社会の先生から世の中の見方を教わりました。
日の丸 君が代問題は子供の学校の入学、卒業式で遭遇します。私自身は歌わないし、起立しません。
それでも一番前の席に座ることが私にとっての意思表明です。
学校を変えましょう
政治を変えましょう
いい世界を築きましょう
がんばろう


[306] 新天地 投稿者:ごくせん 投稿日:2004/05/08(Sat) 19:56

全校42名の学校から、333名の学校に転勤しました。
さすがに職員室というより、学年内の雰囲気がやる気に満ちています。
週あたりの授業時数が22.8時間というのには少々参りましたが、1学年付きなので、学担の事務的な仕事のサポートを一生懸命やっているつもりです。

まだ全校の大勢があまり見えていませんが、どうも2度手間3度手間のことを繰り返しているようです。
みんな時数が多いのだから合理的に仕事をしないと、アップアップですよ〜。


[305] おじゃまします 投稿者:ぺろ 投稿日:2004/04/13(Tue) 14:25

司法試験受験生です。
家永訴訟を調べていてこのページにきました。

ただのとおりすがりですが
このような議論をなされている掲示板が
あるのだなあとしみじみ思ったので
書き込みさせていただきました。

択一終わったらまたきたいです。
失礼いたしました。


[304] 組合の戦略的撤退が必要 投稿者:コアラ 投稿日:2004/04/11(Sun) 21:47

こんばんわ。コアラです。のようむさんの意見について意見を述べます。
> 「休戦協定」の中身ですが、まず何よりも「先に手を出した」文科省が柔軟な姿勢を取り、「日の丸君が代」を入れる入れないを含めて、式典の進め方を各学校にまかせることが現実的だと私は思います。

 たしかに先に不毛な争いを仕掛けたのは文部省ですから、文部科学省こそさきに柔軟な姿勢をとれと言いたくなります。でもそれは無理です。権利意識に目覚め成熟し始めた社会から「改革」圧力を受け、なおかつ自らが進めてきた教育政策の破綻を認めたくない官僚は、「日の丸・君が代」強制によって憲法改悪をもくろむ政治家にすりより、そのことによって「改革」を進めようとする官僚の中の一派を排除し、自らの既得権益を守ろうとしているからです。
 だからこそ、労働組合のほうが先に鉾を収めて日の丸・君が代を一応受け入れ、教育のありかたを変えることと一体の問題としてとりくむことが必要であったと思います。
 転換のチャンスは「君が代・日の丸」の法制化の時。この時点で国家のシンボルとしてこれらを拒否する人々は、国民各層のなかの2割弱になっていたのですから。しかも同時に今の学校のありかたはおかしいという権利意識に根ざした批判も強いのですから。
 この意味で、のようむさんの組合のありかたを批判したご意見は的を得ていると思います。

>このような議論をする時間があったら日々の学校生活の中で生じている諸問題について話し合いたい、というのが多くの現場の本音だと思います。それだからこそ、自らを問う姿勢を忘れず、この議論を不毛化させないことが大切なのではないでしょうか。

 そう。だからこそ今からでも遅くはありません。組合のほうから一方的な闘争終結宣言を出して、現場を「正常化」し、教育の本質を深める議論に戻すイニシアチブを取るべきだと思います。今組合に必要なのは戦略的撤退です。


[303] 「休戦」の中身について 投稿者:のようむ 投稿日:2004/04/09(Fri) 22:46

 こんばんわ。302でコアラさんが書き込まれているのを拝見する限り、不毛な「日の丸君が代」議論の口火を切ったのは77年当時の文部省の方ですね。
 「休戦協定」の中身ですが、まず何よりも「先に手を出した」文科省が柔軟な姿勢を取り、「日の丸君が代」を入れる入れないを含めて、式典の進め方を各学校にまかせることが現実的だと私は思います。仮に「入れる」としても、「日の丸君が代」に対する思いというのは人それぞれなので、「立つ立たない」「退場するしない」「ピースリボン(だったかな?)をつけるつけない」等内心の自由がそこなわれないことが保証されることを望みます。
 一連の議論を不毛にしてきたのは文科省の一方的な押しつけもさることながら、教員集団の意識のあり方にも原因があるかと愚考します。「内心の自由」について言えば、この問題以外のところで、教員たちが他者(生徒、同僚…)のそれを果たしてどれだけ尊重してきたか、過去の歴史のことについても、それこそ「過去の歴史」の結果日本に定住している在日外国人や太平洋戦争で生活の場を破壊され、いまなお基地を背負わされている沖縄につながっている目の前の生徒や同僚にどう向かいあっていたか…そこのところがおざなりになっていたからなのではないでしょうか。
 このような議論をする時間があったら日々の学校生活の中で生じている諸問題について話し合いたい、というのが多くの現場の本音だと思います。それだからこそ、自らを問う姿勢を忘れず、この議論を不毛化させないことが大切なのではないでしょうか。


[302] Re[300]: 卒業式・・・ 投稿者:コアラ 投稿日:2004/04/07(Wed) 21:51

ごくせんさん。こんばんわ。
 前の学校の校長はひどかったのですね。まあやっている内容は結構面白いですが、みんなの合意や目的意識の形成もなく、ただ上から命令するのでは意味がないですね。やはり物事はそれを作り上げていくときの目的意識の共有と共同でつくりあげていく過程にこそ意味があるのですね。

 東京の「君が代・日の丸」の押しつけはひどいですね。ただはたから見ていると教委と組合の双方に問題があると思います。この問題の議論が始まってから(少なくとも指導要領に「指導する」が入った1977年以来の問題です)30年近くも公教育が生徒にどのような力・認識を育てるのが、その中で卒業式とはどのような意義があるのが、この大事な内容を提示もせず議論と合意を形成しようともせずにただただ強制だけし続けてきた教委と、同時ただただ拒否だけ続けてきた組合のおかしさ。
 現場で角突き合わせるのを一時やめて、じっくり議論できないのですかね。超ウルトラ右翼の都知事を擁する教委と、日教組最左派を標榜してきただけという組合の組み合わせでは無理なのでしょうか。
 現実的に考えれば休戦協定が必要な局面。


[301] 強盗容疑で校長と教頭が書類送検 投稿者:辻 正人 投稿日:2004/04/06(Tue) 19:13

掲示板お借りします。
校長と教頭とが強盗容疑で書類送検されました。
それでもまだ教育委員会は校長らを守っています。
こんなことでよいのでしょうか。
http://www.mtsuji.com

http://www.mtsuji.com


[300] 卒業式・・・ 投稿者:ごくせん 投稿日:2004/04/04(Sun) 23:17

全校生徒約50人の準僻地校から、350人の学校に転勤しました。
もっと人数の多い学校も経験しているので、久々ににぎやかさを感じられそうです。

> 上から「卒業式はこうやれ!!」と

今では前任校となりましたが、そのがっこうの校長がそうでした。しかも職員会議では具体的に出さない自分の考えを、いざ準備というときに「こうしろ、ああしろ」と強引にやらせます。式場には総合学習の発表に使った模造紙の掲示物などもたくさん掲示させたが、正直言って誰も見る暇ないです。
ステージがあるのにわざわざ床面に雛壇を作りその上に演台を置く。ステージにはスクリーンを配し、液晶プロジェクターで様子を映す。
まあこの校長、運動会の時も担当者に何も話さず、もちろん職員会議にも出さず、開会式に気球を上げたり、校舎の屋上からグランドにワイヤーを張って模型飛行機を走らせ、グランドに到達したときに火がつくようにしたりと、かなり自分の好きなようにします。もちろん動くのは教職員。
冬も年間計画にないイベントを企画し、準備期間正味1ヶ月の間、部活はすべて中止させ、気球を生徒・教職員に作成させました。その気球は内部に布を丸めて火をつけ、熱気球としたのですがなんとこの校長は実験の時にそれを飛ばしてしまったのです。そして約2kmほど離れた民家に落下し、ボヤを出したのですが・・・示談に持ち込み、どこからもおとがめは無しでした。
で、結局「ロープをつけて飛んでいってしまわないようにする」と言ったのですが、本番の時は結局飛ばしてしまいました。もちろん火はつけていなかったですが、近くの畑などに落下し、あとで「拾いに来ないのか」と学校に苦情が来ました。
もちろん拾いに行ったのは用務員さんでした。
2年間この校長と一緒にいましたが、まるで隣の国の独裁者のように思えてきたのは私だけではないようでした。
とにかく自分のやりたいことを優先させ、目的などが曖昧なため生徒たちも何の意味があってやるのか、全く成就感をつかめていなかったようです。学校の予算がなければ自腹を切ってでも物を買ってくるという、なんでそこまでするのか誰にも解りませんでした。
新学期そうそう、またいろいろと教職員を悩ませているようです。困ったもんだ。